「申し訳ございません、だんな様〜〜!!!」
完全に観念した麻生氏はただただ謝るだけだった。
詰め寄る谷氏に、ひたすら謝罪を繰り返し、自分一人でやったことだと訴える。
その様子に、彼の言葉に嘘はないのだろうと思う。
思うの、だが。
(なんか引っかかるな……?)
どうにも、噛み合わない。
そういえば、晶子お嬢さんと引き換えに『3億円が要求されている』件は――。
もう一度その点を問い質そうと、とにかくホテルへと逸る一同へ声をかけようとした瞬間。
「だ、だんな様、お電話が!!」
唐突に、使用人が子機を片手に駆け寄ってきた。
「何だ、こんな時に!?」
「そ、それが…………」
おろおろする使用人から電話をひったくった谷氏。
電話口へ問いかければ、途端に顔色を変え、
「誰だ!! お前は!?」
そう叫んだ。
谷氏へ身振りで相手の声が聞こえるレベルまで受話音量を上げるよう伝え、話を続けさせれば、相手の男は自分を『娘を誘拐した男』だと言う。
「やっぱり、別の事件ってことだな」
「うん。娘さんは麻生さんがホテルに隠された後、電話の男にまた誘拐されたんだ」
「そういうこった――……、ん?」
小声で呟いた独り言に、同じように潜められた的確な要約が返ってきた。
ちら、と視線をやると隣に立つコナンが口元に指をやりながら真剣な顔で思考を巡らせているようだった。
しかし俺が視線を向けたことに気付くやいなや、弾かれたように焦りだす。
「そ、そんな展開のドラマ、見たことあって、えへへ、」
「お、おう、そうか……」
しどろもどろになりながらも誤魔化してきた。いやまあ、不審がられないよう子供ぶるのはいいとは思うが、もうちょっと早い段階で出来てればいいだろうな。
そんな一幕を挟んでいるうちに、スピーカーからは助けを求める悲痛な子供の声が響いた。晶子お嬢さんの声だ。
3億の用意を急かす犯人から、少しでも情報を引き出すべく、俺はうっかり何の工夫もなく声を掛けてしまった。
「もう少し話を延ばして居場所のヒントを引き出してください」
「い、居場所……?」
『誰だ!? そこにいるのは!?』
「「!!」」
失敗した……!
下手を打った。人質がいる状況で小細工をするならもっと慎重にやらねばならなかった。
どうリカバリーをしたものか、なんて考える間もなく、更に展開は進む。
『わたしがいるのは、学校の倉庫よ!!』
「な!?」
動揺する犯人の傍で、居場所というフレーズを聞き取ったのか、晶子お嬢さんが分かりうる情報を伝えだしたのだ。
『窓から大きな煙突の見える、どこかの学――』
しかし言い終わる前に割り込んだのは犯人がお嬢さんを打ち据えた音、そして短い悲鳴。
舌打ちとともに犯人はさっさと電話を切り上げた。谷氏の娘を呼ぶ大音声は、届かない。
「大きな煙突の見える学校、か」
鞄から近辺の地図を引っ張り出し、学校という学校に丸をつけていく。
だがそんな当たりの付け方では遅いと判断したのか、コナンが先程の犬に跨って――ジョッキーよろしく飛び出したのだった。