「お、着いたぜ」
「なんか……思った以上に普通の学校ですね」
あまりに普通すぎて、駐車場に停められたコブラが物凄く浮いている。
休日だからか、並盛中学校には学生の姿はほとんどない。自主的に練習に来ているらしい数人がキャッチボールをしているのがグラウンドの端の方に見えるくらいだ。
潤さんは携帯を確認するとにやりと笑って、もうみんな揃ってるぜ、と言いながら校舎に入っていった。私も慌てて鞄と封筒を抱えて後を追う。
校舎の中はより閑散としている。自分の通った学校ではないのに、やはり学校は似通っているものでどこか懐かしい気分になった。
「校長室とかですか?」
「いや、応接室」
応接室なんて実習の時くらいしか入ったことがなかったなあ、と思っていると、お目当ての部屋に辿り着いた。おお、なんだかどきどきする。深呼吸でもしておこうか、と思うよりも先に潤さんは「よう、おまたせ」なんて言いながらドアを開けてさっさと入ってしまった。
「っちょ、潤さん、おいていかないで、」
くださいよ。
そう続くはずだった言葉はどんどんと小さくなり、最後の一文字に至っては声にならなかった。
いるはずない人を見たからだ。
いるのがおかしい人を見たからだ。
ここにいるべきでない人を見たからだ。
しかも、3人も。
「お、まえ」
「うっわ……やっぱりなあ」
「えっじゃああの人がそうなんですか?」
口を半開きにして呆然と私を見ているのは軋識さんで、
がしがしと頭を掻きながら苦笑いしているのは人識くんで、
テンション高く人識くんに絡みに行っているのは舞織ちゃんだ。
(舞織ちゃんは双識さんから送られてきた写メでしか知らないけど、確かあんな感じだった気がする)
「んじゃ、そういうわけで」
「いやいや、助かりました!まさかこんな急なお願いを引き受けて――しかもあの澄百合学園で教えておられた先生を紹介していただけるなんて」
「なあにベストを尽くしただけさ。じゃああたしはこれで」
「ありがとうございました!」
なんて潤さんはさくさくと校長先生(推測)と話を済ませて出ていこうとしていた。咄嗟に潤さんの腕を掴む。
「き、聞いてないですよ……!」
「だって言ってないもん。下手なメンバー選ぶよりやりやすいだろ?」
「どっちかっていうと殺りやすくなりすぎちゃってて私を呼んだ意図が無に帰ってますけど!」
「だーいじょうぶ、大丈夫。多分。じゃな!」
「潤さん……!!」
潤さんはさっと身を翻して颯爽と帰って行った。鬼だ。
「倉科、穂積先生ですね?」
「あ、はい、初めまして。えっと今年度からお世話になります……?」
「ああこちらこそよろしくお願いします」
やっぱり校長先生だった初老の先生と軽く挨拶をして、とりあえず軋識さんの横に並ぶことになった。他の先生方がぞろぞろと応接室に入ってくる。今から自己紹介。この3人は何をしにここに来ているのか、ようやく分かるかもしれない。
校長先生の紹介から察するに、私と軋識さん(式岸軋騎さん名義)は、なんやかんやごたごたがあって、こんな中途半端な時期に急遽この学校から去らざるをえなくなってしまったという2人の穴を埋めるため採用されたらしい。
そして、式岸「先生」の赴任に際して彼が面倒を見ている「腹違いの兄妹(二卵性双生児)」の人識くんと舞織ちゃんもこの学校に入学することになった、という設定になっているようだ。
色々と気になる点が非常に多い。とりあえず、零崎人識くん、零崎舞織ちゃんと紹介されているけれど、本当にその名前でいくんだろうか。いくんだろうなあ。そして10歳近くサバを読むことになるのでは……あと双生児がどうしたら腹違いになるんだ……気にした方の負けだな、うん。
私は資格通り社会科の担当で、式岸先生は情報科の担当らしい。そして、何故か私は1年生の副担任まで担当することになっていた。潤さん、全然大丈夫じゃないです。
そんな私たちについての説明があった後、先生たちの自己紹介を受けた。何か困ったことがあったら気軽に、といくつも心強い言葉を貰いながら、最後の一人の紹介に入るところで。
「僕を呼び出しておいて、勝手に始めるなんていい度胸してるね。校長」
そう言って一人の男子生徒が入ってきた。
瞬間、先生たちが青ざめ、何人かは小さく悲鳴を漏らした。
「なんだ?」
「呼び出されたってことはお偉いさんですかね?」
小声で人識くんと舞織ちゃんが呟く。
「お偉いさん」にあたる学生というと、生徒会長とかだろうか。えらく尊大な態度で入ってきた少年は私たちに目を向ける。
「ああ雲雀くん、彼らは今年度から――」
「ねえ。その髪、地毛?」
雲雀くんと呼ばれた少年は校長先生の言葉を完全にスルーして、真っ直ぐ人識くんの前までやってきた。よくよく見ると、肩に掛けられた学生服の袖には腕章がつけられている。
不機嫌そうな空気を隠しもしない雲雀くんに対し、人識くんは臆せずに簡潔に答えた。
「染めてるけど」
「ふうん。じゃあ――校則違反だ」
雲雀くんは腕を振るう。その手にはいつの間にかトンファーが握られていた。人識くんはバックステップで軽く避けたが、ソファーに阻まれてそれ以上下がれなくなった。追撃が迫る。ソファーを乗り越えるのは無理だ。避けられない。だったら。
「〜〜っ!」
「……ワオ、よく止めたね」
潤さんに渡された封筒を緩衝材にして(盾にするには薄すぎたけど)、2人の間に腕だけ割り込ませてトンファーが人識くんに振り下ろされるのを防いだ。流石というか、金属だし、ぶん回した分すごい力が加わってるし、っていうか男の子の力だしで物凄く痛い。びりびりと腕が痺れて封筒が落ちる。
「っ大丈夫か!?」
「腕みせてごらんなさい!」
「多分、折れてはない、と思います」
軋識さんと保健医さんが駆け寄ってきてくれた。さすがに無茶をした気がする。痛みが引かないもの……。
そんな私の後ろから出てきた人識くんは再び雲雀くんと向き合う。
「危ねえな。校則……っていうか、銃刀法違反じゃねえの」
「問題ないよ。この町じゃ僕が法律だ」
「な、なかなかの電波さんですね」
舞織ちゃんの言葉に心の中で物凄く賛同しておいた。自分が法律って。っていうかもしかして彼が同級生の言っていたこの町を治めてる中学生なんだろうか。
「倉科先生大丈夫ですか!?ひ、雲雀くん……!」
あまりの出来事に完全に固まっていた校長先生がようやく頭が回りだしたらしく雲雀くんに向かっていった。物凄い及び腰ではあるけれど。しかし雲雀くんは先生を一瞥しただけですぐにまた私たちに向き直った。
「僕は雲雀恭弥。並盛中学校の風紀委員長。まあ、この学校の秩序を守ってくれれば特にいうことはないよ。そこの君はちゃんと染め直しておいてね」
なんて言いたいことだけ言って、雲雀くんは学ランを翻してさっさと部屋を出て行った。腕章に書かれた「風紀」の文字が、今度ははっきり見えた。
一瞬この部屋に静寂が訪れた。校長先生は非常に気まずそうに咳払いをして、
「ええ、なんというか、この学校は彼によって秩序を守られていますので、なんというか、それだけ念頭に置いてもらって、ええ、」
と歯切れ悪く言って、今日のところは解散と告げた。
先生たちに次々と労わられ、波乱の並盛中学校赴任初日は終わった。
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