赤ずきんパロ-6話-
「………」
「何とか言いなよ」
「……中身も何も今後お前と関わる気は――ッ…!」
抗議の言葉を最後まで言わせまいと、ミストレは狼の顎を片手で掬い上げ、唇を重ね合わせます。
今度は口内を蹂躙することもなく、狼のくぐもった声を飲み込むと、程なくして唇を離しました。
「…全く、悪い口だね」
口づけと呼ぶにはあまりにも淡泊な行為。それでも、狼の動揺を買うには十分な効果を発揮したようでした。狼は顔を真っ赤にして唇を擦ります。
「てめぇ…一度ならず二度までも…!」
「君が思ってもいないこと口走るからでしょ?」
「思ったことしか言ってねぇよ!」
ああ言えばこう言う、一進一退の進まない会話。どちらも引かない二人の会話に中々終着点は見えません。
「…まぁいい。質問を変えよう」
「何…だよ…」
先に折れたのはミストレでした。ミストレは頬に掛かった髪を耳に掛け、一呼吸置くと落ち着いた声色で話し出します。双方が冷静を失った状態からは、得る物も少ないと考えた彼なりの妥協案でした。
「単刀直入に聞く。君はオレのことが好き?…それとも嫌い?」
「す、好きなわけねぇだろ!俺の今までの態度見て分からなかったのかよ!」
「…ふぅん…」
狼の返答に、ミストレは何か考え込むように手を口に当てました。
二人きりの空間にしばしの静寂が訪れます。壁に追いやられた狼は、ろくに身動きすることも出来ず、ただただミストレの表情を窺っていました。
「……ん、分かった」
ミストレは無表情のまま暫く黙り込んだ後、ぽつりと呟き、そして話し出しました。
「君はオレに好きか嫌いかと聞かれて、好きなわけがないと言った。これがどういう意味かね」
「どういう意味も何もそのままの意味だろ」
「そうだね。オレの質問の答えは、言わばイエスかノーかの二択だった。それを君は好きなわけがないと言った。…つまり、君は強姦まがいな事をしたこのオレを嫌いになれないってことなんだ」
「………は?」
「まぁ憶測に過ぎないけど、つまり全く脈がないわけでもないってことだよね」
「どういうことだ…?」
「人間社会で生きていない君に、察しろって言っても難しいかな。教えてあげる」
「………」
「オレは君のことが好きみたいだ。勿論ただの好奇心としてじゃない。恋愛感情としてね」
「……、何だよそれ」
「何でだろうね。オレも自分が不思議でならない」
「俺達、昨日初めて会ったんだぞ?」
「うん」
「お前は人間の男で、俺は狼で…雄なんだぞ?」
「うん。大分複雑な関係ではあるね」
「嘘だ。信じられない…」
「嘘じゃない。オレが言ったことは全て事実だ」
嘘だ嘘だ、と狼は譫言のように呟きながら必死に思考を張り巡らせます。そのうちも、壁に追いやられた狼の目の前にはミストレの綺麗な顔があり、目を泳がせながら出来るだけ直視しないように心掛けました。
今、その亜麻色の瞳に射止められれば、狼本人ですら気付いていない何かを見透かされそうな予感がしたのです。
「君は一人が嫌なんだろう?それなら、その身一つでオレの所に来ればいい」
「お前何を…」
「そうすれば、君はもう飢えに悩まされる事もなくなる」
「別に昨日狩りに失敗したのは調子が悪かっただけだ!」
「そうじゃない。今まで一人で生きてきた君は空腹以上に、愛に飢えているんだ」
「……は」
「だからオレが君を愛してやる」
「…!気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ!」
あまりにも横暴な告白に狼の思考はついて行かず、何とかしてこの状況から逃れようとミストレの胸を両手で押します。
しかし次の瞬間には押し退けるどころか、ミストレの腕が自分の背中に回っており、抱きすくめられるような体勢になっていました。
目と鼻の先ほどしかなかった二人の距離は、もはや完全になくなります。ミストレの顔は狼の耳の横にあり、微かな吐息の音すらも伝わる程近くにありました。
「…口の聞き方もゆっくり教えてあげるよ」
「うるせぇ」
「ねぇ、君の名前を教えて」
「………」
「早く」
「……エス…カ」
狼も何でこの男に名前を教えたのか、自分でも定かではありませんでした。ただ、まだ右も左も分からない頃に唯一の肉親が愛おし気にその名前を呼んでいた記憶だけがうっすらと蘇ります。もう一度、誰かに名前を呼んでもらいたい。先程気持ち悪いと一蹴したミストレの言葉もまんざら間違いでもないのだと、頭の片隅では分かっていました。
「好きだよエスカ。君もオレのことを好きになって」
いつの間にか視界がゆっくりと流れ、狼の背中には固い壁ではなく、柔らかいシーツの感触が伝わって来ます。
目の前に広がるのはミストレの顔と、そして木造の天井。
ずっと逃れようと足掻いていた亜麻色の瞳にもついに射抜かれ、次の瞬間には額に柔らかい感触が降り注ぎました。
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