赤ずきんパロ-2話-
「君さぁ、オレのこと食べるって言ったよね?」
「だから何だよっ…!」
狼は鋭い三白眼で思い切りミストレを睨みつけます。
その形相は普通の者では怯んでしまうほどの迫力がありましたが、ミストレはさも楽しいと言うように笑いました。
ミストレに食ってかかるような態度の狼。
村の誰からも慕われていたミストレは、こんな扱いを受けたのは初めてです。
頼りにされ、慕われることを喜びとしていたミストレでしたが、この狼の挑戦的な態度に、言いようのない昂揚感が沸き上がります。ミストレは熱の篭った目で狼を捉えると、白魚のような手で彼の頬に触れました。
「オレ、食べられるのとか絶対嫌だかさ、逆に君が食べられるのってどう?」
「は!?俺は食ってもうまくねーぞ!?」
ミストレもまさか狼人間を補食しようなんて気は更々ありません。
ミストレと狼の「食べる」の意味には大きな隔たりがありました。
「この状況でまだ意味が分からないの?」
ミストレはまるで理解していない狼の耳元に顔を寄せ、吐息混じりに囁きます。すると狼の健康的な色をした頬が徐々に朱に染まりました。
「お前、まさか…」
「多分そのまさかだね」
そう言うや否やミストレは狼の唇を己の唇で噛み付くように塞ぎました。
狼が苦しそうに口を開くと、その隙間から舌を滑り込ませ、逃げ惑う舌を追い求めては絡ませます。
ミストレの濃厚な口づけに狼は力が抜けてしまい、抵抗もままなりません。
ミストレは口内を十分に蹂躙すると、最後に狼の唇を一舐めして離れました。
「……は…っ」
されるがままだった狼は唇が離れると息苦しさに喘ぎます。どこか焦点の定まらない瞳でミストレを見上げると目の前の人物は満足気に笑いました。
「気持ち良かった?」
「ッ、てめえっ…!」
やっと狼は我に返ると、組み敷かれた四肢をばたつかせ暴れ出しました。
むやみやたらに繰り出す攻撃はことごとく避けられてしまいましたが、狼が涙目でミストレを睨み上げると、地面に縫い付けられた両腕の拘束が一瞬緩みました。
狼はその一瞬の隙を付き、ミストレを跳ね飛ばします。
「いっ、たぁ…」
ミストレが衝撃で倒れると、狼は直ぐさま人間離れした俊足で逃げ出しました。
しかしミストレも足には自信があります。彼もまた小さく舌打ちすると、直ぐさま狼を追い掛けるべく立ち上がりました。
「………」
「ヒッ…!」
しかし、いきなり目の前に立ち塞がった人物、いや正確にはカッパに行く手を阻まれ、その場に足が止まってしまいました。
ミストレも、この道にカッパが出没すると噂には聞いていましたが、実際に見たのは初めてです。
「き、君いつから…?な、何の用?」
「くれっ!」
「………」
カッパは頬を赤らめ、ミストレに熱い視線を向けます。ミストレが驚愕し、唖然としていると、カッパは目の前に色紙を差し出して来ました。
「サインくれ!」
カッパが丁寧にペンまで差し出すと、ミストレは怖ず怖ずと手を出し、色紙にサインを書きます。
書き終わった色紙をカッパに手渡すと、カッパは嬉しそうな顔をした後、スキップで花畑を突っ切り、瞬く間に森の中に消えてしまいました。
「…何だったんだ一体…」
ミストレはあまりに非現実的な出来事に遭遇し、暫くその場に立ち尽くしてしまいました。
もう見渡す限りの風景に狼の姿はありません。
西日も沈み、辺りはぼんやり暗くなっていました。
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