一度だけ愛の言葉
「染岡君はさ、もっと吹雪君に態度で示してあげなきゃ。今のままじゃ誰かに取られちゃうかもよ?何だか二人の関係、吹雪君の片思いみたいに見えるんだよね」
数日前、基山と二人一組で柔軟している際に言われた言葉。
咄嗟に「何のことだか分かんねぇな」とはぐらかしたが、その言葉はあまりにも強烈に脳裏に張り付いてしまった。
夜寝る前や食事中、ふとした瞬間に思い出す。
それは今現在、吹雪が隣にいるこの状況でも例に洩れないらしい。
吹雪が誰かに取られる?
今、楽しそうに鼻歌を歌って俺の隣に腰掛けているこいつが?
ちょっと考え堅い。
ただの自惚れかもしれないが、吹雪はいつだって俺にべったりだと思う。
今だってテレビに熱中しているはずの吹雪の様子を盗み見たはずが、ばっちり目が合った。
お互い違う学校ではあるが、FFIが始まる前も遠距離ながら毎日電話もメールもした。ましてやFFIが始まった今となっては時間があれば吹雪は俺の部屋に潜り込むようになったし、俺も受け入れている。
これ以上何が必要なんだ?十分いい彼氏をしているではないか、そう思ってしまう時点で俺はそれまでなのだろうか。
「なぁ、吹雪って俺に不満とかあったりするのか?」
ふと、頭に浮かび上がった疑問を口にする。
座っているベッドに手をつき、少しだけ距離を詰めると、吹雪がキョトンとした顔でこちらを向く。
「え、何で?」
「いや、まぁ俺こんなだしよ。不満の一つや二つあってもおかしくないだろ」
「ないないないよ!だって僕、染岡君のこと大好きだもん!」
吹雪が必死の形相で詰め寄る。こいつは俺が照れ臭くてなかなか言えない言葉をいとも簡単に口にする。
「吹雪はその…なんつーか、俺から愛…がないとか思わないわけ?」
「…それどーゆーこと?」
愛とかいう単語が自分の口から発された事実が気恥ずかしく、顔に熱が集まる。
その一方で吹雪は顔面蒼白で固まっていた。どうやら盛大な勘違いをしているようだ。
大方、本当に俺からの好意がなくなってしまったとでも思っているのだろう。
「何だか二人の関係、吹雪君の片思いみたいに見えるんだよね」――基山の言葉がフラッシュバックする。
このままでは第三者どころか吹雪本人にも誤解を招いてしまう。
自分が不器用なのは重々承知だ。それでも不器用なりにこの状況からの打開を図らなくてはならない。
さらに距離をつめ、固まったままの体を抱き寄せる。背中に回した手が面白いほどに震える。きっと吹雪にも柄にもなく緊張しているのが伝わっているだろう。
「吹雪、一回しか言わないから、よく聞け」
耳に吹き込むように呟く。吹雪の身体がピクリと揺れる。
「普段は照れ臭くて言えないけど…その…俺はお前のことちゃんと好きだからな」
心臓が口から出そうだ。一息ついてから、ゆっくりと体を離す。
目の前には吹雪の真っ赤な顔があった。
「――って」
「え?」
「よく聞こえなかったからもう一回言って!」
「はぁ!?茹ダコみたいな顔して何言ってんだ!」
「だって〜!」
吹雪が半泣きで抱き着いてくる。髪をとくように頭を撫でてあやすを小さく身じろぎをする。
その仕草の一つ一つにどうしようもなく愛おしさを感じる。
吹雪の額に掛かっている前髪をかき上げると、軽い口づけを落とした。
END
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