本音


寒い冬の朝、体温で温まったベッドで目を覚ます。
枕元にある携帯を確認してみるとデジタル時計の6の文字が見えた。
いつもより少し早い起床に頭が追い付かず、暫く布団の中に居座る。
今日の予定は何だったかと思い出して見るけど、携帯に表示されていた日曜の文字を思い出す。
だからといって、休みだからとだらけている訳にもいかない。
それに設定していたアラームより早く起きるのはいつものことだ。
暖かい温もりから抜け出すと寒さが顕著に体に伝わる。
窓の隙間から入ってくる冷気に身が竦み、腕を擦る。
部屋の中は自分が出す音しか聞こえないからか空しく、物足りなさを感じる。
重たい足を動かしベッドの横にあるクローゼットからお気に入りのパーカーを取り出す。
脱いだところから熱が失われていく。
パーカーに腕を通し、暖房のスイッチを入れる。
まだ暖まっていない部屋で飲み慣れていないインスタントコーヒーを一口啜る。
インスタントの物ではコーヒー豆の匂いも薄く、挽き立ての香りが懐かしい。

この虚無感を感じる生活が始まって半年。
もう一人の同居人である真ちゃんがこの部屋を出て行ってからも半年が経った。
将来は医師になるから医学を学びに行きたいと両親を説得し、その全てが決まってから伝えられたのは旅立つ日の数日前だった。

『アメリカに行ってくるのだよ』
『はぁっ!?』

正直、驚きしかなかった。
急にアメリカとか、旅行の話かと思ったら…一人で行っちゃうのね。
その時は狭いと感じていたこの部屋が、一人では広く感じるなんて思わなかった。

朝起きると最初に目に入った若葉色は今はない。
ベッドの隣の空いた空間は、長い間主人をなくしたように温もりを失っている。
クローゼットの中には真ちゃんの服が数着残されている。
それを見ると、まだ真ちゃんがこの部屋にいるようで寂しさが溢れくる。
出て行った日から寝室に置かれている寝間着。
もう真ちゃんの匂いなんてしないのに服に顔を埋めると寂しさが鳴りを潜めて落ち着く気がする。

ダイニングキッチンに二人で選んだ食卓テーブル。
真ちゃんに食べてもらうためにと慣れない料理を母親に聞いて作った最初の料理は、見た目も悪く美味しい筈がないのに美味いと言って食べてくれた場所。
だけど、対面に置かれた椅子にその主人の姿はない。
食べてくれる人がいなくなってからは料理を作る気もなく、出来合いの物が多くなった。
それに食べても美味しさを感じない。
一人で食べる料理がこんなにも淋しいなんて知らなかった。

帰ってきてよ……真ちゃん…。
早く帰ってこないと、浮気しちゃうからなっ…。

そう何度も思ってるけど、半年の月が経っても真ちゃんは帰って来ない。
いつになったらまた一緒に暮らせるのかな……?
おれ、もう……限界だよ。

寝室に戻り、いつも真ちゃんが眠っていた側のベッドに倒れ込む。
自然と流れてくる涙で枕を濡らす。

さみしい……さみしいよ、真ちゃん……。


ーー目を開けると部屋が橙色に染まっていた。
気付かない間に眠ってしまっていたみたいだ。
夕日が差し込む部屋の中を見渡す。
ここにいる筈がないだろう人物を目が探してしまう。
真ちゃんなんている筈ない。

「誰を探しているのだよ」

……えっ?
真ちゃんの声が聞こえた。
そんな筈ないっ……だって…。

「高尾」

あぁ、間違いない。真ちゃんの声だ。
声のした方を見る。
待ち侘びた鮮やかな若葉色。
驚いた俺を見て微笑んだ顔。
楽しそうに悪戯っ子のように笑った真ちゃん。

「本当に真ちゃん…?夢じゃない……?」
「これでも夢だと思うのか?」
「……いたい」

信じない俺に真ちゃんは頬を抓ってきた。
もっと加減しろよな…。
それよりも……

「なんで、いるの…?」
「なかなか本音を言わないお前のことだ。そろそろ寂しがっている頃だと思ったのだよ」
「……」

なんだよ、それ…。
俺だけが寂しがってたみたいじゃん……。

「真ちゃんは…違うのかよ……。俺なんていない方が良かった…?」
「……」

聞いてから後悔した。
もしも真ちゃんがそう思っていたら……本当にそうだとしたら…。
俺はどうしたら……。

「そんな筈がないだろ…高尾が傍にいなくて物理的にも死にそうだったのだよ」
「……真ちゃん料理できないもんね」
「おかげで外食ばかりで栄養が偏ってしまったのだよ」
「アメリカは肉文化だしね」
「何度、高尾の作った料理が恋しくなったか……」

真ちゃん、そんなに俺の料理不足だったのか…。
そこまで言われると……嬉しい。

「高尾ちゃんの有り難みがわかったでしょう?」
「あぁ、だから一年かかる医学を半年で終わらせて来たのだよ」
「……はっ!?全然、聞いてないんだけど!?」
「サプライズにと言わないでおいたのだよ」
「……」

そりゃないぜ…真ちゃん。

「そういうことだ、高尾。俺に毎日お汁粉を作れ」
「それ…プロポーズに聞こえるんだけど……しかもお汁粉って…」
「そうだが?それに高尾の手作りお汁粉は外せないのだよ」
「……」
「むっ……不満か…?」

そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでよ。俺も戸惑ってんだから…。
いつもの調子と違う真ちゃんに驚かされてばかりで調子が狂う。

「……もう帰ってこないかもって思ってたし…」
「平気そうに見えて寂しがり屋なやつを一人にしておくわけが無いだろう」
「……別に…寂しくなかったし…」
「じゃあ、何故そんなに俺の服を離さないのだよ」
「……丁度いいところに真ちゃんがいただけだしっ…」
「そうか」
「…別に真ちゃんが嫌ってわけじゃないからな…!」
「あぁ、わかってるのだよ」
「っ……」

何も文句を言わずに頭を撫でてくる真ちゃんに寂しさが緩和され、絆されていく。
それと入れ違いに愛しさが込み上げてくる。
自分の心境の変化の早さに照れくさくなって真ちゃんの胸に凭れかかった。

「……むぅ…」
「高尾?」
「真ちゃんのあほぉ……」
「誰が阿呆だ」
「ばーか、ムッツリ間、はげ」
「おい…」
「……すき」
「……」
「……」

あり…?まずった……?
とりあえず誤魔化そうと顔を上げれば、目の前に真ちゃんの顔があって勢いの余りキスしてしまった。

ちゅっ……。

「……」
「……」
「……なんか、言えよ…」
「柔らかかったのだよ」
「そういうことじゃないしっ…!!」
「…嬉しかったのだよ」
「なっ!ば、ばか……はずい……」
「……可愛い」
「……うっせ…」
「そんなこと言っても可愛いものは可愛いのだよ。それに…」
「…?」

顎を持ち上げられ目線を合わせられる。
綺麗な緑の中に間抜け面をした俺が映っている。
そんな俺を見て微笑んだ。

「赤い顔が隠しきれてないのだよ」
「っ…!?」
「可愛いな、高尾」
「も、もういいからっ……!ねっ?離して…?」
「嫌なのだよ」
「…もうやぁ!離せよっ…!!」
「駄目だ。お前を甘やかすと決めた。だから遠慮せず、お前は俺に可愛がられていろ」
「……もう…ほんと、ばか。…でも、だいすき…」
「俺は愛してる」
「っ……おれ…しんじゃう…」
「それは困るのだよ。まだ愛し尽くしてないから生きろ」
「……はい…」

俺を抱き締めながら笑っている真ちゃんが、本当に幸せそうだったので嬉しい。
そして俺も抱き締めている真ちゃんの背中に腕を回して、相手に自分の幸せをが伝わるようにと抱き締め返した。

(Happiness)


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