第1話*spring〜何かが始まるかもしれない

−どさっ・・・。


桜の咲き誇る正門。人々が密集する体育館。舞台の上で何か話す人。
年に一度の大切な祝福の式。
−そんな厳粛な空気を破ったのは、何かが床に落ちる音。
途端、空間が騒がしい空気に包まれる。
−程なくして、床に崩れ落ちた、祝福されるべき者はその空間から連れ出されていった。
そしてまた、人々は元の空気に戻っていった。舞台の上で戸惑っていた人も、話すのを再開する。
−何も、なかったかのように。
桜もまた、何も知らないというように、その花びらを存分に開いていた。


−う・・・? ・・・ここは一体、どこだろう?
白い天井、白いお布団・・・あ、カーテンは薄い黄緑色だ・・・。
ん・・・?何かそういうの、前にも見たことあるような・・・。
・・・もしかして、ここ、保健室? そういえば、そんな感じがする・・・。
私は、ごしごしと目をこすりながら、ぽやーっとする頭を起こそうとした。
カーテンの隙間から微妙に光が入ってきてる。もうお昼かな?
・・・あれ?何か私、大事なことを忘れてるような気がす・・・る!?
「あぁぁっ!!」
「ぅわっ!?」
私はすごく大事なことを思い出して、はね起きた。
ん?何か男の子の声みたいなのも聞こえたような・・・。
とりあえず、私は声がした方向−左横を向いてみた。そこには、
「あー、びっくりした・・・。何だよ急に・・・」
私と同じくらいの、男の子。
「どうしてここに、いるの?」
私は勇気を出して聞いてみた。
「何でって・・・。俺、新しく保健委員になったから。そろそろお前の様子見に行けって、先生に頼まれた」
素っ気無く答える男の子。そろそろ様子見って・・・もしかして、
「私・・・そんなに寝てた・・・?」
「ああ。三時間くらい」
「う、嘘・・・!三時間って・・・!そんなに寝たおぼえないよ?ていうかいつから?今何時何分?今まであなたは何をしてたの?」
予想外の自分の睡眠時間に、私は戸惑う。
「ちょ、待てって。そんなにいっぺんに言ったら分かんねぇよ。えーと、お前が倒れたのは入学式始まって10分くらい。それからずっと寝てた。今は11時30分。俺らは、入学式が終わったあと、教室に集まって先生の話聞いて、委員とか決めてた」
男の子も少し慌てながら、答えてくれた。
「じゃあ、もう学校終わったの?」
「もうすぐ終わる」
あぁぁ・・・せっかく最初の学校の日だったのに・・・。
私はがっかりして、下を向いた。 ・・・って、そんなことやってる場合じゃない!
「ねぇ!私の辞書知らない!?先生に預けたはずなんだけど・・・!」
ずいっと男の子の方に近づき、必死に聞く。
男の子はびっくりしたように後ろに少しさがって、言った。
「辞書か?それなら、先生から預かってる。−ほら。」
「よかった・・・!ふぁあよかったー!」
男の子が差し出した国語の辞書を私はすばやく取って抱きしめる。
「そんなに大事なのか?それ」
「うん!これがないと生きていけない・・・!」
何時間ぶりかに再会した辞書を大切に開きながら私は答えた。
すると、男の子は黙ってしまった。
・・・何か、変なこと言っちゃったかな・・・?
私が不安に思っていると、男の子がぱっと顔を上げて、こっちを見た。
−そして、こう言った。
「もしかして、お前も辞書依存症か?」


「・・・・じしょいぞんじょう・・・?何、それ?」
頭の中は『はてな』でいっぱい。思わず私は聞いてしまった。
「お前みたいに、いつでも辞書持ってないと不安になるヤツのこと。今日も、辞書から一定時間離れたから倒れたんだろ?」
「あぁ、なるほど!そういうことかぁ」
辞書からずっと離れてると寂しい。いつも自分の近くに辞書がないといや。
辞書が、好きすぎてしょうがない。−なるほど、これが『辞書依存症』なんだ。
「そう。お前が辞書を入学式に持ち込もうとした時から、なんとなく予想ついてたけどな」
はふ、と男の子は息をはく。ここで、私にひとつの疑問が浮かんできた。
「じゃあ、あなたは『辞書依存症』なの?」
「・・・・・」
だって、『お前も』って言ったから。この男の子も、辞書が大好きなのかな?
でも、私がそう言うと、男の子はまた黙り込んでしまった。

―しばらくの、沈黙。そして、そのあと。

「・・・・まぁな」
一言だけ、答えが返ってきた。
「本当!?やったぁ、いっしょいっしょ!」
私は目を輝かせて(多分)、さらに男の子に聞いた。
「じゃあ、あなたは何の辞書を持ってるの?」
すると男の子はどこからか辞書を取り出し、私に見せた。
「和英辞書だよ」
目の前にある、きらきら光る(私にはそう見えた)、和英辞書。
それをじっと見て、また男の子に聞いた。
「同じクラス、だよね?名前は?」
「・・・小原光(ひかり)。お前は?」
「篠原てる。よろしくね♪」
自己紹介をして、にっこりと笑う。
光くんも、少しだけ、笑っていた。

−始めて出会った私と同じ人。
何か、新しいことが始まるかもしれない。
私は、そう思った。



−カーテンの隙間から差し込む光が、大きくなっていた。



[ 8//10 ]


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