第7話*研修

バスを降りると、そこは一面の緑、緑、緑。
いつも吸っている空気とは全く違う透明で澄んだ空気。
−それをすうっと一息吸い込んで。
私は一言呟いた。
「私・・・何でこんなとこにいるんだろ・・・」


『咲穂ちゃん、GWの予定あるー?』
4月も終わりに近づいた、とある日の放課後。
部室でニュートンの歴史をまとめていた私に、里沙先輩がそう聞いてきた。
『GW・・・?特にないですけど・・・』
ゴールデンウィーク。
小学校の時までは毎年家族でどこかに出かけていたが、中学生になってからは私も部活などで忙しくなり、あまりしなくなった。
今年は誰か暇な人を見つけて遊びにでも行こうか・・・と思っていたのだが。
特に何もないっちゃないんだよなあ・・・。
『本当!?やったぁ!ぶちょー、咲穂ちゃんGW空いてるって!』
私の返事を聞き、里沙先輩は顔をぱっと明るくして会長のところへ駆けてゆく。
・・・って、一体何するつもりなんだ!?
『よかったわ!咲穂さん、GWは部員みんなでココに行くから、ちゃんと予定空けておいてね!』
会長も嬉しそうに微笑んで、私に何かプリントを渡す。
そこに、書かれていた文字は、
『GW・ニュートン研究同好会研修旅行』
『・・・・・・は?』
私は思わず間の抜けた声を出した。
研修旅行て・・・この同好会にそんなのいるか!?
『あ、今年もやるんですね、それ』
座って本を読んでいた萩也先輩がふっと呟く。
『もちろんよ!みんなちゃんと参加するわよね?』
弾んだ声で言う会長。
『はーい♪ちゃんと空けておきまーす♪』
『了解です』
『わかりましたー』
その場にいる3人も、楽しそうに頷き、答える。
そして、4人の視線がこちらへ向き−
『い、いや私、別に参加しな・・・』
−がちゃ。
私が拒否しようとしたその時。突然ドアが開いて、光介先輩が入ってきた。
『あれ?みんな何の話してるの?』
『今年のGWの研修旅行の話よ』
入ってくるなり尋ねた光介先輩に、会長が答える。
『今年は咲穂さんも参加するから、気合入れないとね!』
『ええ!?だから私はまだ何も−』
『本当に!?よかった、きっと今年の旅行は楽しくなるね!』
私の言葉をまたも遮って。
光介先輩はキラキラした笑顔で言う。
ああああだからそんな笑顔でこっちを見ないで下さいよおおおお!
『じゃあ咲穂ちゃん!研修旅行に向けて頑張って活動しようね!』
アルカイックスマイルに匹敵するくらい、いや、それ以上に光輝く光介先輩スマイルに当てられて。
『はい!頑張ります!』
私は思わずそう即答してしまっていた・・・。


−そして現在。私はとある地のとある林檎畑にいる。
まわりは山に囲まれ、建物はあまりない。
こんなのどかな田舎には、あまりに場違いなグループ−ニュートン研究同好会がぞろぞろと林檎園を見学している。
どういう状況だよ・・・これ・・・。
私は小さくため息をつき、周りを見回す。
−会長と里沙先輩は農家の方のお話を聞いて何やらメモを取り、光介先輩は写真を撮っている。
萩也先輩と結依奈先輩は2人で話しながら林檎の木を見て回っている。
私は・・・・・・何をしたらいいんだああ!?
ていうか本当に何で私はこんなとこで林檎を見ているんだろう!?
1人地面にしゃがんで頭を抱え、誰にともなく問う。
だが誰も、その問いに答えてくれる人はいなかった。

「咲穂ちゃん、そろそろ行くよ?」
それからしばらくして。
自分を呼ぶ声にふっと顔を上げると、結依奈先輩が私を、手でこっちこっちとしながら呼んでいた。
「はーい・・・」
私はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと里沙先輩たちがいる建物へと向かう。
早く帰らせてくれ、と思いながら。

「この林檎の品種の栽培方法には、袋をかけて育てる方法と、袋をかけないで育てる方法があります。では、なぜ袋をかけて育てるのでしょうか?」
「果実の色を鮮やかにして、商品価値を上げるため、です」
農家のおじさんが質問をして、会員が答える。
まるで学校の授業のように、おじさんのお話は進んでいく。
−結依奈先輩に呼ばれた後。私たちは農家の方が住んでいる家の一室に案内され、そこでお話を聞くことになった。
当然ながらその内容は、『林檎』について。
話自体は面白いんですけどね・・・うん・・・。
ちなみに、話をしてくださっているおじさんは、この同好会の顧問である川中先生の親戚だということだ。
だから毎年ここを訪れて林檎の話をしてもらう・・・らしい。
−こういう状況じゃなければ、もう少し楽しめてたかもしれないのに・・・。
私は楽しそうに話をするおじさんと会員たちを尻目に、また小さくため息をつくのだった。


「咲穂ちゃん、楽しかったー?」
林檎園を出て、またバスに乗り込んで。
バスが発進した直後、隣の席の里沙先輩が聞いてきた。
「はあ・・・」
私は気のない返事をする、が。
「よかった♪あ、そうそう!次行くとこ、すごく私が好きなところなんだ!」
それを全く気にすることなく、里沙先輩は嬉しそうに地図を取り出して私に見せる。
指を差さしているところを見ると、そこには、
『田中の楽しくて仕方ないアトリエ』
・・・ってまさか・・・!
「え、もしかして、ここで絵の練習でもするんですか?」
私の中に浮かんだ、ある恐ろしいことを確かめるため。
おそるおそる里紗先輩に聞いてみると、
「そうだよ!ここでニュートンの肖像画の模写とか、林檎の絵とかの練習するの!」
うわああああああ嫌だああああああ!!
答えを聞いた瞬間私は両手で頭を抱え、心の中で叫ぶ。
私は昔から絵が大嫌いである。本当に本当に大嫌いである。
何故なら−ものすっごく絵が下手だから。
うさぎとか、簡単なお花でさえ、うまく描けたことは一度もない。
パンダを描いたら友達に『何その妖怪!?夢に出そうだよ!』と本気で言われた程。
そんな私がニュートンと林檎の絵・・・描ける訳がねええええ!
「咲穂ちゃん、頑張ろうね♪」
里沙先輩はぽんぽんと私の肩を叩いて言う。
その言葉に全く答えぬまま。
−嗚呼、お願いだから早く私を家に帰してくださいいいい!
声にならない私の叫びが、バスの中に空しく響き渡った。


[ 7//10 ]


[mokuji]
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