今はそれでもいいですけど


名無しは携帯を取り出し、
緑色アイコンの
某メッセージアプリを開くと、
同じ大学に通う友人とのチャット画面に
素早く文字を打ち込んだ。

「別れた。二股されてた。
ついでに私は
二番目の女だって言われたから
ビンタかましといたわ。」

「ドヤッ」とポップな文字で書かれ、
憎たらしい表情を浮かべる
ウサギのスタンプも送った名無しは
携帯をカバンにしまい顔を上げた。


『あーーー…』


名無しは近所の公園にある
ブランコに座り、ギィ、ギィと鈍い音を響かせながら漕いでいた。

『(ブランコなんて久しぶりに
乗ったからなんか違和感する…。)』

やがて名無しは足を止めて呟いた。

『結構、好きだったんだけどなぁ…』

気付けば名無しの目からは
涙がポロポロと零れていた。

いい歳こいてブランコに座りながら
メソメソ泣いている女なんて
傍から見たら「関わりたくない」と
思われて当然であろう。

しかし、そんな名無しに
自ら声を掛ける強者がいた。

「…名無しさん?」

名無しが涙で濡れた顔を上げると
昔から弟の様に可愛がっていた
近所の男の子、影山茂夫が立っていた。
呼び名は何故だか「モブ」

モブは
手に通学カバンを持っている様子から
どうやら学校帰りの様だ。

『うっ…モブくん…』

安心からか、
再び涙を零した名無しを見て、
モブは肩をビクリと震わせ
オロオロと慌て出した。

「あっ、え、えっと…」

モブは
必死に自分が取るべき方法を考えると、
やがて名無しの横にしゃがみ込み、
涙を流しながら震える背中にそっと手を置いた。

モブは終始無言で名無しの背を擦り、
公園には名無しの小さな啜り泣く声だけが響いていた。





しばらくして、落ち着いた名無しは
未だに自分の背中を撫で続けるモブに
声を掛けた。

『モブくん、ごめんね、
もう大丈夫だよ、ありがと。』

「あ、…いえ。」

『長い間、
足止めさせちゃってごめんね。
そろそろ暗くなるから送っていくよ。』

「え、いや、大丈夫です。
僕もうそんな、子供じゃないですから。」

『なーに、言ってんの。私からしたら
モブくんはじゅうぶん子供だよ。』

「……。」

『よいしょ、』と
名無しはブランコから立ち上がった。
モブもそれに続くように立ち上がったが
俯いたまま動かなくなってしまった。

『モブくん?行こ?』

「子供、ですか…。」

ぎゅっと拳を握ったモブを
名無しは不思議そうに見つめた。

「今はそれでもいいですけど、」

『ん??』

やがて顔を上げたモブは、
ザッと、砂利の擦れる音を立てながら
名無しに一歩近づくと
真っ直ぐに名無しを見つめて口を開いた。

「僕は、名無しさんがなんで
泣いていたのか分かりません。
それは僕がまだ子供だからなのかもしれない。でも…、」

モブがふいに
名無しの顔に手を伸ばした。

「でも、いつか、
名無しさんと堂々と手を繋ぎながら
歩ける男になる為に、僕、頑張るので、」

未だに名無しの目元に
溜まっている涙をモブはそっと拭った。

『っ!?!?』

「今日は、ひとりで帰ります。」

少しだけ、ませたような笑みを浮かべて
名無しに背を向けると、モブは一度も振り返ることなく早足に公園を後にした。

『な、何?今の…?』

残された名無しは
忙しなくドキドキと音を立てている
自分の胸に手を置きながら
しばらく呆然と立ち尽くしていた。





END




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