俺がテニスから逃げようとしたのは、決して一度きりではない。普通の、極めて平凡な生活を望む俺にとってイップスだなんて行為が出来るようになったのは、非常に心外だった。

それでも、俺が今までテニスを続けていたのは、唯一人、真田が居たからなのだろう。彼が居たからまだ頑張ろうと思えたし、彼が居るからこそ、立海に入学した。あまりにもスポーツマンらしからぬ行動の原理だ。

あの少年も、俺に憧れていた様子だったのに、それなのに何故俺は普通に打ち合うことも出来ないのか。真田だったらもっと、あの少年の素質を引き出せたかもしれないし、蓮二だったら彼の能力を詳細に知ることが出来たのかもしれない。



「……俺ってば、何にも出来てないじゃないか」



俺はただ、少年を打ち倒しただけ。

何処へ行こうかと考えて、一つだけ思い当たる場所があった。家に帰れば良いのに俺は強欲で、構って欲しいばかりに学校で逃げる。逃げる先は、庭園とは名ばかりの屋上だった。

階段を駆け上がる。昇って昇って昇った先には、天高く昇った太陽と、傍で控えめに主張する白い月が見えて。それを見た瞬間、俺は。
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