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医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

 わたしの存在意義といえば、そればかりだった。人の役に立つこと。助けとなること。人のことばかりを考えて生きていた。
 わたしはわたしを知らない。はじめは持っていた大切なものたちも、仕事に追われるうちに、いつしかこぼれ落ちていた。
 わたしは人のためにしか生きられなくなっていた。

 わたしは死した後、生まれ変わった。土方十四郎として。

 土方十四郎という男は、わたしに似ても似つかない。何を感じても動かない表情筋と、人一倍起伏の少ない感情は、原作を知る身としてはコンプレックスでしかない。戦うことでしか身を立てる術を持たないのは屈辱に他ならない。けれど、やるしかない。そうすることで、皆が望む姿に成れるというのなら。
 わたしは人のためにこの人生を使うと決めた。
 俺にとって、真選組とは支えるべきものである。




 それを視界に納めて、俺は思わずあ、と声を漏らす。
 双眼鏡からは、俺が捜し求めていた髪の長いアイツが恐ろしい勢いで走っていた。

「ようやく見つけた。……山崎」
「はいよっ」
「……真面目にやれよ真面目に。何としても奴らの拠点、抑えて来い」

 そう言うと、山崎ははいよっとにんまり笑って立ち去った。背後に犬の尻尾がぶんぶんと振っているような気がするのはおそらく気のせいではない。忠誠心ばかりは一人前だ、数年前野山に野垂れ死んでいたところを助けたときは、こうなる未来図はまったく予想できていなかった。当時はもっと狂犬じみた印象だったが、熟々年月ってやつは恐ろしい。
 山崎の気配が消えた後、懐から指名手配犯の紙、桂の写真を取り出す。手配書は髪を結わえた姿だが、今も見たとおり、最近はもっぱら長髪をそのまま下ろしている。
 戦いたくねえなあ、というのが本音だが、そうもいくまい。俺が、俺たちが――真選組が侍として生きるには、国に仇なす者たちを雪がねばならない。天人を畏怖し、迎合したが故に侍は刀を廃されたというのに。

「天人、ねえ」

 天人と呼ばれる宇宙人が侵略してきたのは、今は昔の二十年前。御国の為に戦っていた攘夷志士も、この今の傀儡政権の中では唯の反乱分子だ。夜兎のような地球人に似通った容姿の天人もいるが、ヘンテコな見た目をしているヤツらの方がよほど多い。仕事柄天人のお偉いさんの警護を務めることもあるが、俺はたまーに、どうにもやるせない気分になる。
 ま、そんな感情を表に出せば、今もすぐそばで寝こけているヤツに一刀両断されることは間違いない。……否、そもそも俺の表情筋がまともに動いた試しなど、土方十四郎として生まれ変わって一度もないが。
 とりあえず、この話は寝てる奴を起こさないことには始まらない。手に持っていた紙をぐっしゃぐしゃに丸めると、それを寝さぼっている総悟の頭に放り投げた。

「こんな爆音で本当によく寝られるなあ」
「土方さんが真面目だから俺が直々にバランス取ってやろうっていう心配りでしょうが」
「お前なあ、今期の査定覚えとけよ」
「とか言って、土方さんたら俺に甘いんだから」

 総悟はようやく起き上がって、アイマスクを外した。タヌキ寝入りだかマジ寝だか知らないが、寝起きにしても怜悧な顔立ちは変わらない。元々俺は自分が動揺しない性質の人間だと思っていたが、この顔を見慣れてきた最近でさえ、ごく希にウワッと思うことがある。
 近藤さんが総悟に甘い分、俺は厳しく接さなければと、たまに思いはするものの、大抵思うだけで実行には至らない。何だかんだかわいい弟分のような存在だ。
 総悟との仲は割合良いと思っているが、向こうがどう思っているかは明瞭としない。だが、本気で命狙われているような関係ではないし、何なら飯くらいはフツーに二人で食いに行くし。俺の奢りで。……これは集られてんのか? 思い返すほどに自信なくなってきたな。

 眼下では「万事屋」と桂の四人が天人に追いかけられていた。
 ハッピーエンドへの旅路を彼らはとうに歩き始めている。

「ま、別に、天人の館が幾ら吹っ飛ぼうが知ったこっちゃないな。連中泳がせて雁首揃った所を、纏めて叩き斬ってやる」
「俺はアンタの首さえ頂ければそれで満足ですぜ」
「……言ってろ」

 空を仰ぐ。
 天気良好、絶好の爆弾日和だった。

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