え (2/5)
少し目を離しているといつの間にかあのハリセンはいずこにか消えていた。もしかしたらアレで俺の頭を叩けば元に戻ったのかもしれないが無くなったものは仕様がない。
俺以上に冷静な山崎は「おなかすきました」とか暢気なことを言っている。俺としては非情に胃が痛い状況である。こんなことをしている間にも書類は溜まっていく一方なのだ。

「あれ山崎ィ土方さんは」
「ふ、副長なら具合悪いって言って休んでますよ隊長」
「ふーんそれならサボってもいいかァ」
「いやサボるなよ仕事しろ阿呆」

うっかりいつものノリで答えると、総悟は一瞬不振そうな顔でこちらを見たものの年功序列だとでも思ったのか(山崎はあのナリでも二十代だ)へいへいと適当に返事をした。意外と総悟は律儀だ(俺以外には)。いっつも俺が言っても聞かない癖に何で山崎の言うことは聞くのだろう。ちょっと年が近いからってそれでも六歳は離れてるぞ。山崎も俺とあんまり変わらないじゃねェか。

どうしますか、と脳内で聞いた山崎はもうこの状況を楽しむ気満々である。確かにこの状態では仕事の何もあったもんじゃ無い。とりあえず山崎と俺の分の有休を今日だけでも取ろうと、その書類がある自分、土方の部屋に帰る。
出てきた時と同じように、何かを掴み損ねたような右手の様子で俺が倒れていた。おそらくばあのハリセンが鍵になるのだろうが、無いものを強請っても仕様がない。