「普通の人」ではないから私を神に捧げるのだと、誰かは私に告げた。その言葉を理解して頷く私に、彼らは奇異な視線を向けた。当たり前だ、世界は「普通ではない人」にはこれでもかと思うほどに優しくない構造をしている。
「大人しくしてるんだぞ。明日になったら迎えに来る」
そう言った彼らに、私は思わず笑ってしまった。そんな嘘を信じるほど馬鹿だと思われているのか。明らかに機嫌を取るような声音でそんなことを言うなんて。これなら、はっきりと「おまえはいらない」と明言してくれたほうが有り難かった。――否、これから生贄になるのだから、その意味では、私には利用価値があるのか。でも、利用されるのと必要とされるのでは、格段に違うと思うのは私だけだろうか。
神様なんているはずがないが、どうしてか雪は降らなかった。今頃村人達は私に感謝しているだろう、そう思ってふと笑った。
そのときだった。
「……お前は何故笑っているんだ」

いつだって、才能は人を孤独にする。
私は、生まれながらにして“先見の明”を持っていた。このまま待てば紅黎深が通りかかって私を助けてくれることを「知っていた」。知っていたから、何もしなかった。ここで彼に拾われる以外の選択肢は鼻から論外で、ただ待つことしか出来ない。

そこにいたのは、こんな山の中には似つかわしい衣服を纏った男である。成程確かに、知らなければ山の神なのかと疑うのも無理はない。こんな高そうな服で、こんな山を登っているのがそもそもの間違いだ。
「笑うのに理由は必要ですか」
甲高い声だと思った。実に半年振りくらいに声を出した気がする。喋れば子供らしくないだとか散々理不尽なことを言われたのが地味に来ていたのだ。しょうがないだろう、だって私は未来を知っているのだから。
私の言葉に、彼はその目で私を見つめていた。
「お前はここで、何をしている」
何をしている?
あなたを待っていたんです。そう言おうとした。何故か、どうしてかそれは言葉にならず、掠れた吐息だけが私の口から漏れた。白い水蒸気が吐き出されて空中に消える。
私は待っていた。誰を? どうして? 考えれば考えるほど知っている「未来」と、自分の「記憶」がごちゃごちゃ結びついて離れない。どれが私にとっての真実なのか、次第に判別がつかなくなっていた。
「……わかり、ません」
先ほどの殊勝な声とは比べ物にならないほど不安を帯びていた。

先見の明とはつまり、未来を知っているということ。けれどただの未来ではなく、それは私の未来の記憶を有しているに過ぎない。だから私はずっと、その記憶の通りに行動して生きた。いつか救われると知っていたから、どんなにひどいことをされても平気だった。
そして、私はいつのまにか、苦しいとか悲しいとか、そういった負の感情を持つことを厭っていた。そもそものところ、私だって人間なので、ひどいことをされて平気なわけがなかった。本当は痛い苦しい、助けてと叫びたかったのに、自分の矜持がそうさせなかった。私の知る「私」は、頭脳明晰冷静沈着で、そんな泣き言は滅多に言わない人だったから。だから、私もその通りにならないといけない、そんな使命感をずっと有していた。

「お前の名前は」
押し黙った私に、彼はただ一言訊ねた。寒さで泣いているのかも分からなかった。いつの間にか雪が降っているのにも気付かずに、私は目に焼き付けるように、食い入るように彼の姿を見上げた。
「コウ」
いくら先見の明があるからといえど、今の私が持っているのは、その名前と体だけだった。
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『彩雲国2』2014/02/05 Wed 06:25
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