04 …… 朝から柳生が落ち着かない。部活中にも関わらず、1人で何やら物思いにふけっているようだ。副部長としてここは渇を入れてやらねばならぬだろう。そう思って息を吸い込んだ。 「はあ……」 ため息を吐いた。あの柳生が、紳士がため息を吐いた。 何事だと思ったので、休憩の時間、近くにいた丸井に話してみることにした。 「はあ? 柳生がため息? 恋じゃね」 柳生が恋? まああいつも人間なのだから恋くらいするだろうが、それを理由に部活に集中しない奴ではないだろう。 次は切原に聞いてみた。 「へえ! 恋じゃないっスか?」 おまえもか。中学生はなぜそんなにも恋愛と結びつけたがるのか理解できない。 最後に、1番まともなジャッカルに聞いてみた。彼は丸井にドリンクを略奪されていた。 「仁王が何かやらかしたんじゃないか?」 これだ、俺が求めていた答えは。さすがジャッカルだ。礼を言ってその場を離れる。そうだ、仁王が何かしでかしたに決まっている。恋なわけがない。明らかに人選ミスだった。 自己反省し、俺は部活へと集中し始めた。テニスに雑念など持ってはならない。勝つために今自分がすべき事だけを考えるのだ。 それからの俺はすこぶる調子が良かった。サーブカットは絶妙に決まり、スマッシュは鋭くコートに突き刺さる。絶好調だ。 「こんにちはー、真田くんいますか?」 男子の声やインパクト音の響くテニスコートが水を打ったように静まった。名を呼ばれた俺も当然手を止める。 フェンスの向こうで張り付いていたのは1人の女子だった。小田だ。 手招きをされたので、そちらへ向かう。部員が好奇心に満ちた視線を向けてくる。 小田の前に立つと、彼女はフェンスの編み目から丸めたプリントをねじ込んだ。 「これ、源先生から」 「ああ……わざわざすまないな」 源先生は風紀委員の担当で、3年D組の担任だ。D組の学級委員長である小田伝いにプリントを回されることがまれにある。だが部活中に来られるのは初めてだった。 「どうした弦一郎、小田と知り合いか?」 ノートを抱えた柳が寄ってきた。いつの間にか部活は再開されている。幸村が指示を出したのであろう。 蓮二の問いに俺は小さく頷いた。 「こうしてプリントを受け取っているだけだがな」 「そうそう! そんな怪しい間柄ではないのです。むしろ私はゆきむ……ああそろそろ行かなければ。それではさようなら!」 早口でまくしたてて小田は走り去った。その後を暫く目で追い、俺はテニスコートへ戻ろうと踵を返す。 「……何を書き込んでいるんだ蓮二」 「気にするな」 「……そうか」 それからは何事もなく部活を行った。 そして制服に着替え終え、部室の鍵を閉めていたところを柳生に呼び止められた。 「どうした」 「真田くん……私を殴ってください」 「何だ急に」 「最近なぜだか集中できていないのです。部活道にも、勉学にも。1度気を引き締めたいのです」 それは俺が今朝から感じていた違和についてだった。取りあえず理由を聞いてみる。 「原因はわかるか?」 そう言うと、柳生は少し考えるそぶりを見せて頷いた。 「はい。なんだか小田さんを見ていると心がざわつくようなかんじがするんです」 そこまで聞いて、丸井や切原の言葉が脳内をかすめる。 『はあ? 柳生がため息? 恋じゃね』『へえ! 恋じゃないっスか?』 ばかばかしいと思っていたのだが、実際に本人から聞くと、あながち間違いでないのではと思えてきた。 具体的に聞いてみる。 「そうですね、この間彼女が涙を流しているところを見かけてしまったのですが、その時は特にざわつきました」 今の言葉で確信した。恋愛経験など微塵もない俺でさえわかる。 これは何なんでしょうと言う柳生には何も言わず、俺はその場を後にした。……愛には多様な形があるものだな。 ×
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