学園R | ナノ



02
……

「転校生ィ? 許しません!」
「は? いきなり何言ってんだよって話聞けよおい!」

「転校生」という単語を聞いただけで、小田は俺の目の前から走り去っていった。
突然だが、立海には2大名物と呼ばれるものがある。1つは俺の所属するテニス部。全国大会の常連校で、俺もそれの正レギュラーだ。そしてあと1つが今し方走り去っていった、小田。登場して数秒で姿を消してしまうところからわかるように、かなり落ち着きのない奴だが、あれでも一応3年D組の学級委員長だ。あいつが名物と呼ばれる所以はその内わかるだろう。俺は小田よりも例の転校生が名物に追加されないかが気がかりだ。
やっぱり恋なのかこれは……?



壊れるんじゃないかと思うくらいに大きな音を立てながら教室の扉が開いた。見てみれば、隣のクラスの学級委員長が肩で息をしながら立っていた。

「転校生! 転校生はどこ?」

扉に手をかけたまま彼女は叫ぶ。高い声が響いて耳障りだ。誰だか知らんが転校生早く出て来い。
と思っていると、窓際の席で椅子を引く音がした。視線を滑らし、そちらを見やる。見慣れない女子が1人、立っていた。
彼女は自分の席を離れ、小田の前で立ち止まった。
なるほど、あれが転校生か。小さいな、と思った。
その転校生は、くっと顎を上げて小田を見上げた。かなりの身長差だ。それに対し小田は、なぜか偉そうに、腕を組んで見おろしている。
そして目をそらし、教室の中をきょろきょろと見渡し始めた。誰かを探している、と思えば、ある一点に視線を定め、動かなくなった。
ふいと視線を背ける。やばい、見られてる。
沢山の視線を感じる。関わりたくない、というのが本心だ。

「仁王くん!」

名前を呼ばれた。超見られてる。怖い。
教室の張りつめた空気にいたたまれなくなり、のっそりと立ち上がる。歩いてあちらに向かえば、ひそひそ声が伝染していく。2人の前に立つと、教室から連れ出された。
C組、B組、A組……と、教室の前を通り過ぎていく。一体どこまで連れて行かれるのだろう。
ふと先頭に立っていた小田が急に足を止めるものだから、よそ見をしていた転校生が彼女の背中に衝突した。「ぷぎっ」とかいう音をたてて転校生は床に尻餅をつく。
そんな2人を尻目に、俺は目の前のドアを見上げた。白いプレートには「美術室」の文字。美術室に何の用があるというのだろうか。そもそも何のために俺もつれてこられたのか。

「入って」

小田に背中を押され、ふらつきながらも教室に入る。何故いつも上からなのだろう。
小田が1番近くにある椅子に座り込んだ。隣の椅子をばしばしと叩く。座れというのか、と思っていると転校生が先に座った。

「俺は?」
「別に立ったままでもよくない」

「すぐ終わるよ」と彼女は言う。
外からなにか羽ばたく音がして、顔をそちらに向けると、窓ガラス越しに鳥がこちらを見つめていた。所々羽毛の抜け落ちた汚らしい烏。漆黒の瞳と目が合う。
椅子に腰掛ける2人もそれに気づいた。その烏が首を傾けると、転校生も首を傾ける。なるほど、こいつあほか。

「あなたを呼び出したのは他でもない」

突然小田は喋り始めた。

「山下さん、あなたを」
「3年D組に勧誘します」
「は?」

思わずふぬけた声が出たが、小田はそんな俺を無視して転校生山下の手を取ってぐいぐい引っ張りだした。負けじと山下も腰を落とし、もっていかれまいと抵抗している。

「いいから来なさい!」
「いや! いや!」
「早く!」
「い"っ…い"やだっでば!」

山下が泣き出してしまった。

「ひっ、うぐっ、はやぐ!」

そんな彼女を見てなぜか小田も泣き出す。ひどい光景だ。帰っていいのだろうか。

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