学園R | ナノ



01
……

「転校してきた山下です。よろしくお願いします」

思えば、これがきっかけだったのかもしれない。

「隣、よろしくね、丸井くん」

何で名前知ってるんだよ、と思ったら机に置かれたノートに、でかでかと自分の名前が書いてあった。
山下は俺の隣の空いていた席に静かに座った。
始業のチャイムが鳴り、扉を開けて国語科の女教師が入ってきた。

「はーい、授業始めるよー、相沢早く席につけーそんなに私の隣で授業受けたいのかそうかあ」

女教師は出欠簿の面で、教師用の椅子に腰掛けていた男子生徒を軽く叩いた。

隣が気になって授業に集中できない。いや、もちろん恋なんかではないし、そもそも転校初日の女子に惚れはしない。ではなぜ集中できないのか(もとから集中できていないだろという意見は無視させてもらう)。答えは簡単である。
隣の者、もとい転校生、もとい山下が集中して授業を受けないためだ。消しゴムをカッターで削って消しハンまがいのものを作っていたかと思えば、それをピンクの蛍光ペンで塗りたくり、自身の額に勢いよく押しつける。そしてそれをこちらに向けてにっと笑った。ピンクの歯茎がよく見える。しかし残念、押しつける際に力みすぎたのか、彼女の額には「肉」の字が左右に影分身していた。
そんなこと知る由もない山下は、机の横に引っかけていたサブバッグに手を伸ばし、それを机の上でひっくり返した。じゃらじゃらと結構大きな音がして、サブバッグの中から大量の黒い物体が出てきた。黒板に向き合う女教師が耳をぴくりと動かした。絶対ばれてる。
よく見ると、その黒い物体はチェスに使われる駒の一つ、ナイトだった。とんでもない数の馬の横顔が黒光りする。どこで集めたんだこんなの。
山下はナイトの山から左手で一握り掴み、右手で1つずつ並べ始めた。艶やかな黒馬が不気味な円を描く。そしてその上に更に駒を重ねようとするが、滑ってなかなか乗せきれない。ナイトという駒の形上無理だろうと思っていると、突然山下はそれをは成し遂げた。コツを掴んだのか、次々と駒を並べていく。
3段目にさしかかったところで気づいた。俺の気のせいかな、漫画で見たことあるぞこれ。
4段目、5段目と塔はみるみるうちに築き上げられていく。やっぱ俺見たわこれ漫画で見たわ。駒違うけどあれだわ。

完成した。山下は慎重に背もたれに寄りかかり、長いため息を吐いた。目が合うと、微笑まれ、ポケットの中から取り出したガムを差し出された。食えというのだろうか。
ありがたく受け取り、包みを開いて口に入れた。甘酸っぱい味が広がる。グリーンアップル味、大好物だ。
前の席からプリントが回ってきた。黒板の方を見やると、「宿題。水曜までにやってくること!」と書いてあった。やばい、と気づいた時にはもう遅く、山下の前の席に座る写真部の鈴村が机上の塔を崩壊していた。

「いやあああ私の血と汗と涙の結晶が!」

床に無数のナイトが散らばる。写真部の鈴村はプリントを持ったまま、後ろに肘を突き出した状態から動かない。山下は絶叫し、机に頭を何度も打ちつける。「マジキチ……」とどこからか聞こえた。
グリーンアップルうめえ。

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