09 …… 「あ、柳生くん」 「佐藤さん、こんにちは」 次の時限が理科で理科室へと向かっていると、トイレ前の廊下で佐藤さんの姿を見かけた。 「どうですか、部活動の方は」 夏にあった選抜合宿が終わり、私達3年はその日をもって引退することとなった。 2年半。部活づけの毎日であったから、その余った時間を勉強に費やすというのもどこか違和感があった。 「みんな真面目に取り組んでいますよ。柳生くん達が引退したことでレギュラーの枠が大きく空きましたから」 佐藤さんは楽しそうにそう答えた。 「そうですか。部長の様子は?」 「様になってます。夏休み明けてから自覚出てきたみたいで」 切原くんを次期部長として指名したのは幸村くんだ。やはり経験と実力で決めたのだろうが、本当の理由はわからない。 彼でいいのだろうかと少し不安はあったが、うまくやっているようだ。 選抜合宿で感情をコントロールできるようになったのが大きな原因であろう。 「安心しました。それではまた」 私は軽くおじぎをして佐藤さんのもとを離れた。新生立海大、どう成長するか楽しみだ。 授業を終えて教室へ戻ろうとすると、また声をかけられた。山下さんだった。 「久しぶり、元気?」 「ええ。そちらもお元気そうで何よりです」 彼女とは仁王くんを通して仲良くなった。仁王くんが山下さんと仲が良いというより、彼女が仁王くんに着いて回っているという方が正しいだろうか。まあ、そういうことでよく話す仲なのだ。 「次英語でさあ、今の単元さっぱりだから今度教えてね!」 「任せてください」 「やった! じゃあね柳生くん! アデュー!」 「アデュー」 笑顔で手を振る彼女に小さく手を挙げて返す。 山下さんと別れた後、教室の扉を開けようと手をかけると、力を加える前にそれが動いた。 「小田さん」 意図せずにするりと彼女の名が出てきた。 「こんにちは、柳生くん。さっき真田くんにプリントを渡してきたんだ」 そう言って小田さんは微笑んだ。 名物だとか言われている彼女だが、実際は仕事がよくできる人なのだ。そのために3年連続で学級委員長を務めているし、教師からの信頼も厚い。ただ思い立ったら即行動という(超)行動的な性格であるために、騒ぎを巻き起こしやすいだけなのだ。 「それじゃあ、また」 遠ざかっていく背中を目で追う。 自然と口元が綻んだ。体が軽い。だがこれが何なのか気づくのは、私にはまだ早すぎる。 ×
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