「ってことで、短い間でしたが、お世話になりましたー」

小さめのトランクを右手に持ち、透子は頭を下げた。
透子は今日、この分寮を出て一般寮へと入寮する。それは彼女にペルソナの適正がなかったためで、彼女自身にそのことは告げられていない。

「じゃあね、透子」
「うん、また始業式に会おう」
「はい」

朝の澄んだ空気の中を私と馨、ゆかりちゃん、桐条先輩、そして真田先輩に見送られ、透子は丁字路を曲がって行った。
ああ見えて彼女はしっかりしているから、特に心配する必要もないだろう。

それからいくらか時が経ち、4月6日。私達は始業式を迎えた。
私は2年E組で馨はF組、透子がD組。クラスは離れてしまったけれど教室自体は隣同士と近いし、やっていけると思う。
そう思いながら指定された席につく。隣の席は儚げな、大人しそうな少女だった。
授業が終わり、生徒玄関へ降りるとすでに人が立っていた。目が合い、手を振る。

「久しぶり! 元気?」
「うん、そっちも元気そうだねえ」

そこに居たのは透子だった。しばらく見なかったせいか、制服を身につけた彼女はどことなく変わって見えた。

「馨ちゃん来ないね」

そう言って透子は階段の方へ視線をずらす。そこからは多くの生徒が降りてくるが、馨の姿はない。今日はどの部活も休みと決まっているので、生徒玄関は早く帰ろうとする生徒達で溢れかえる。

「うん。あっ桐条先輩」
「本当だ。おー明彦さんも。あの2人目立つね」

この人ごみの中でも、取り巻きを引き連れた2人は一際目立っていた。
そしてその奥、人ごみから少し離れたところで馨とゆかりちゃんの姿を見つけた。手を挙げて主張すると向こうも気づいたようで、ゆかりちゃんが手を振る。
私達は人に押し流され、そのまま校舎を出た。ベンチに座り、彼女らを待つ。
春の暖かい日差しを受けながらふと考える。今私達はすっかりここに馴染んでしまっているが、何もせずこのままでいいのだろうか。もし桐条先輩が私達を見つけてくれなかったならばどうなっていただろう。もし私が……。

「遅れちゃってごめんなさい」

馨が目の前に立っていた。彼女の後ろにはゆかりちゃんと湊、公子が立っている。
湊と公子は、先日寮に入った双子だ。影時間の適正はあるらしいが、ペルソナを扱えるのかどうかはまだわかっていないので、しばらくは分寮にいるらしい。
それとあと1人、馨の後ろに少年がいた。ゆかりちゃんが男子生徒を隣に呼び寄せ自己紹介をするよう促す。
キャップを被った彼は目が合うとにっと笑った。


「俺は伊織順平! ゆかりッチ達と同じ2年F組。順平でいいぜ、よろしくっ」
「私鈴木透子だよ、よろしくー」
「青井沙世、これからよろしくね」

笑顔を向けてうんうんと頷いていた順平くんは私の顔をじっと見つめると、深くため息を吐いた。

「沙世ちゃん女の子だけどカッコいいなあ……。なんかこう、へこむわー」
「あっは、この容姿だからね、沙世は女子にモテるぞお」

いじけて地に円を描いている順平くんを透子と公子がにやつきながら慰める。私は乾いた笑い声を上げるしかできなかった。
私達は彼とそれなりに打ち解け、そのメンバーで下校した。途中で順平くん、透子と別れる。残りは分寮生である私と馨、ゆかりちゃん、湊、公子の5人になり、そのメンバーでぽつぽつと会話をしながら帰路へついた。
寮のラウンジには誰もいなかった。湊が私達の元を離れ階段を上っていく。私はそれを目で追った。隣で公子がため息を吐く。
ゆかりちゃんと馨は顔を見合わせて、無言のまま階段へと歩いていった。私と公子も後を追った。
私の部屋は奥から2番目、公子と馨の間の部屋になる。扉を開けて、木製の椅子に座る。椅子とセットになっている机の上には、普段学校で使っている教材やらが並んでいる。
窓際にはベッドが置いてあった。真っ白のシーツは窓から差し込む夕日で臙脂に染まっている。
胸元に手をやる。ひんやりとした感覚。懐中時計だった。この時計はものごころついた時から身につけている。どうやって手に入れたのかはわからない。
ところどころに傷の入った鉄製の時計。針は0時きっかりを指したまま止まっており、使い物にはならない。お守りのようなものだ。
勉強、しようかな。
時計を掴み、机の上に置く。電気を付けて鞄から教科書とノートを取り出して、私はシャープペンシルを滑らせた。
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