「やーまじで寝癖すごかったわあ」
「本当。ベルサイユ級でしたね」
「わかりづらい例えやめてもらえる、ってシッ」

トイレの洗面台で寝癖をなおし、私たちはそこを出た。2人並んで階段を上り、部屋に戻ろうとしていると、廊下の向こうから人の声が聞こえて反射的にトイレに戻った。馨ちゃんも遅れて駆けてくる。
どうやらそれは2人の若い女性の声のようだった。

「1人は沙世さんじゃないですか?」
「あー、確かに。じゃああと1人は?」
「さすがにわかりませんよ」

馨ちゃんと話し込んでいると、廊下の2人と目があった。
やばい、と思った。まあ、別に見つかってはいけないわけではないんだけどね。
「透子」と沙世ちゃんの唇が動いた。隠れる理由がなくなった私達は、歩いて彼女らの方へと歩み寄る。

「沙世ちゃーん、この子誰? 超この……美人なんだけど」
「よく留まった透子。岳羽さんだってさ、同い年」
「へえ、私鈴木透子っていいます、よろしくね」

手を差し出す。相手も名乗り、手を握り返してくれた。岳羽ゆかりちゃんか、かわいいな。
脳内にその名を組み込んでいるとゆかりちゃんは「それじゃあ」と言った。

「あなたが浜崎馨さん?」

馨ちゃんは軽く頷く。
彼女は人見知りだ。慣れればそうでもないが、最初のうちは何も話さない。いや冗談抜きで。今も例に漏れず、ゆかりちゃんと目を合わせられずにいる。第一印象はあまりよくないかもしれない。
そう思っていると、向かい側の部屋のドアが開いた。出てきたのは昨夜見た顔だった。
えーっと、名前は……。

「どうしたんだ岳羽……ああ、君達か」
「桐条先輩」

そうそう、桐条先輩。美鶴さん。

「おはようございます」

沙世ちゃんが頭を下げる。遅れて私と馨ちゃんも頭を下げた。

「ああ、おはよう。よく眠れたかな」
「はい、もうぐっすり」

これは本当。色々あったし眠れないだろうと思っていたが、ベッドに潜り込んだらすぐ眠っていた。自覚はなかったけれどやはり体は疲労していたらしい。
驚いたように沙世ちゃんがこちらを見てきた。何だろう。
美鶴さんとゆかりちゃん。見れば見るほど2人とも美人だ。明彦さんといったか、昨夜見た男の人も顔は整っていたようだった。いい寮だ。
1人で頷いている間に、美鶴さんはゆかりちゃんに何やら耳打ちしていた。美鶴さんが言葉を紡ぐ度にゆかりちゃんの表情がくるくる変わる。ちょっと面白い。
美鶴さんがゆかりちゃんから体を離す。ゆかりちゃんは何ともいえない表情でこちらを見つめた。

「大変なんだね」
「はい」

馨ちゃんが掠れた声で返事をした。ゆかりちゃんの声は哀れむようではなく、かといって明るいわけでもなかった。変に同情されるよりずっとありがたいと思った。

そこから階段を下り、1階のラウンジで朝食をとらせてもらった。インスタントのスープはするすると喉を通り、数分とたたないうちに空になった。おにぎりと沢庵も出してもらい、それも美味しくいただいた。
偶然拾った私達にここまでしてくれるなんて、と美鶴さんの横顔に向かって頭を下げる。

「桐条さんありがとうございます。こんなにしてもらって」
「いや、これも1つの縁だ。これだけのこと、して当然だよ」

美鶴さんは優しく笑った。

「今は朝の9時。明るい間は自由に過ごすといい。街をぶらつくのもいいし、部屋でゆっくりしてもいい。だが」

そこで間を置いて彼女は口を開いた。

「夜は出歩かないようにすること、これだけは守ってほしい。しなくてはいけないこともあるし、あれだけの事が起きたんだ。危険でもあるからな」

その声に先ほどの柔らかい色はなく、真剣な眼差しに私達はただ頷くことしかできなかった。

階段を上り、部屋に戻った。2人は外へ歩きに行き、私はベッドに座り込んだ。スプリングが小さく音をたてて私を受け止める。そばに置かれていたデジタルの目覚まし時計に目をやった。それを手にとって後ろに倒れ込む。
3月10日、午前9時18分。
私達の向かっていた高校の入学式は4月13日だった。
目覚まし時計を置き、そのまま瞼を閉じる。燕が高く鳴いていた。
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