空は快晴。太陽はさんさんと輝き、時折吹く風が髪をなびかせる日。いつもの道をいつもの3人組でいつものようにだらだらと歩いていた。そんな今日。しかしいつもと違う点が2つあった。1つは今日が高校の入学式であるということ。といっても主役は自分達ではない。そしてあと1つは、今が朝の8時25分だということ。
私達が向かっている学校は8時30分を過ぎると遅刻扱いをされる。ちなみに今は通学路の半分も通過していない。なのになぜ急ごうとしないのかというと、私達が家を出たのがおよそ8時15分。そしてここまで走ってきたわけだが、「あーこれどう足掻いても遅刻だ」という友人の一言で、一瞬にして冷めてしまったためである。

「ねえ、何か言い訳考えようよ。後輩に名前も覚えられず『寝坊してきた人』とか呼ばれたくないよ」

「だって寝坊は寝坊じゃん」と沙世ちゃんが呟けば、馨ちゃんが小さく手をあげた。

「目覚ましがぶっこわれた、とかどうですか?」
「んー、ありきたりだなあ、もう一声」
「事故った」
「ちょっと無理あるわ、それ」
「寝坊した自分の言い訳考えるのに必死だね、馨さん」

そんな風に話しながら歩いていたら、信号の前まで来た。使用電力削減とのことで新しくつけかえられたランプは赤色。そこには、車が少ないながらもなかなかの速さで通り過ぎていっている。
私は「よし」と頷いた。

「渡るか」
「ちょい待ち」

白と黒のボーダーに1歩足を踏み出そうとすると、沙世ちゃんにぐっと腕を掴まれて引き戻される。目の前を大きなトラックが通り過ぎた。
何するのさ。
同い年のはずなのに、どこか大人びている彼女を見つめる。

「赤信号なんだけど」
「いや、知ってるけど」

私と沙世ちゃんの間に沈黙が走る。
お互いに見つめあった後、私はふと思い出し、彼女から目をはなして信号機の方を見た。信号は未だに赤。
そういえばここはボタン式だった。1人でそう納得していると、今まで黙って見ていた馨ちゃんが口を開いた。

「なに引き留めているんですか沙世さん。さっき留めていなかったら透子さんはトラックにぶつかり、私の第2の言い訳が現実になったんですよ?」
「怖いね、馨の大予言だね。じゃなくてさ」
「ああその手があったか」
「透子も納得してんじゃないよ」

そう言っている間にも時間は刻々と過ぎていくもので、近くにある魚屋を覗くと、丸いアナログ時計の刻んでいた数字は8と6、つまり8時30分。

「遅刻ですね、皆さん」
「いや君だから、その原因を作ったのは。あーもうなんでこんな時にパンクするかなあ、透子の自転車」
「私のせいじゃないよお」

私達がこの状況に陥ってしまった経緯を説明するならばこうだ。

8時ちょうど、私と沙世ちゃんは身支度を整え、朝食も済ませて馨ちゃんの家までやってきた。
そして、何年間もそうしてきたように、インターホンを鳴らした。ここまでは完璧だった。が、洋風な玄関からは誰も出てこず、不安に思った私達はその玄関から家へと上がり込んだ。物音一つ立たない家に若干の恐怖を感じながら階段を上り、最奥のドアをゆっくりと捻った。
整頓された殺風景な部屋を見渡して、誰もいない、と判断した沙世ちゃんがドアを閉めようとする。と、

「あいたっ」

部屋の隅から何かがぶつかる音がし、ほぼ同時に、その衝撃を訴える声がした。再度ドアを開いて部屋に入ってみれば、そこには頭を両手で抱え込み、くの字になって寝ころんだ馨ちゃんの姿があった。
それを見たときの沙世ちゃんの形相は、正に鬼といえるものだった。寝ぼけて状況の飲み込めていない馨ちゃんを平手でぶち、パジャマをものすごい早さで剥いでそばに掛けられていたブレザーを押しつけた。そして部屋を出ていく。
階段をかけおりる音がして、数秒の静寂の後に、今度は階段をかけあがる音がする。部屋に帰ってきて、制服に着替え終えていた馨ちゃんの口にソントンのジャムを塗っただけのパンを押し込む。

「沙世さん私牛乳がないとごっほごっほ」

せき込むのも無視して無理矢理押し込んだ。そしてシャツについたパンくずを適当に払って立ち上がらせた。私もそれに続いて立ち上がり、3人で家を出る。立てかけていた自転車に急いで跨り、ペダルに全体重をかけて漕ぐ。
あれ、あれ、なかなか進まない。何で?
馨ちゃんを後ろに乗せてすいすい進んでいた沙世ちゃんを呼びとめ、自転車のタイヤを確認する。前は大丈夫。後ろはぺしゃんこだ。後ろで嘲るような笑い声がした。
振り向くと、6歳くらいのランドセルを背負った少年が画鋲を手ににたにた笑っていた。

「クソガキ」

睨みつけると、その少年は同じ年代の集団の中に逃げていった。


「で、どうすんの?」
「え、渡るんじゃないの」

横断歩道に視線を戻すと、馨ちゃんが「行くんですか……」と言うので「そう」と返す。
ここは元々車の行き来が少ないので信号無視なんてどうってことはない。なのに嫌がるんだよなあ、この真面目ちゃん。と思っていると、突然右手が暖かくなった。左手には冷たい感触。少しびっくりした。2人と手を繋ぐなんて、私の記憶が正しければ10年ぶりだ。私はその時、黒い羽を手に持って泣いていた。
両の手を握り返し「いっせーのーで」と言って3人同時に右足を踏み出す。白い線の間、黒いアスファルトに踏み込んだはずが、地面を蹴ったときの反発するような感覚がない。代わりにあるのは、沈んでいくような、引っ張られるような、溶け込んでいくような、なんともいえない感覚。
最後に見たのは、いつか見たあの黒い羽だった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -