4月8日 水曜日

学校から帰り、私はベッドの上で本を読んでいた。
カーテンを閉め切って静寂の中で読書に没頭していると時間も忘れてしまうもので、ちらと壁にかけられたアナログ時計を見やると、0時になる直前であった。
あ、と声をあげる間もなく、無機質な音をたてて秒針が進んだ。そしてそのまま動かなくなる。
ベッドに備え付けてあるオレンジ色の明かりが消える。カーテンの隙間から先ほどまでとは違った月光が漏れて、私の足に線を伸ばした。
カーテンをめくり、窓から顔を出す。大きな満月が不気味に浮かんでいた。
室内で影時間を迎えるのは初めてだ。
風は吹かず、何の音もしない。街全体が深い眠りについている。
静かだなあ、とか思いながら外を眺めていると、部屋の扉が叩かれた。肩が跳ねる。扉の向こうにいるのはゆかりさんのようだ。

「起きてる? ごめん、開けるよ!」

彼女の声は普段より高く、表情からも焦っている様子が見て取れた。
ゆかりさんがついてこいと言うので、私はそれに従うことにした。この地へ来たあの日以来、影時間には何が起こってもおかしくないであろうとは考えていた。
私達は部屋を出ると、廊下の先にある階段を駈け上った。下の階の様子はわからないが、何かしらの異常事態が起こっているのだろう。
最後の1段を踏みしめ、4階へ到達した。そしてそのままの勢いで、私の前を走っていたゆかりさんが屋上へとつながる扉を開けはなつ。
そこには湊くんや公子さん、沙世さんがいた。3人の視線が私達に集まる。

「ここまで来れば、大丈夫でしょ」

ゆかりさんは肩で息をしていた。短い距離であるとはいえ、久々に全力で走ったため、私は彼女以上に息を切らしている。
……月が近い。街全体を包み込むかのように私を見おろしている。
その時、背後からひたひたと、何かが近づく音がした。
沙世さん達は皆こちらから確認できる。私の後ろには誰もいないはずだ。ましてやここは屋上。一体どこから聞こえるというのか。と、そこで嫌な予感がよぎった。
……壁をはい上ってきている?
ひたり、ひたり。その音はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
音が止まった。皆もいつの間にか耳をすましているようで、一瞬、街が沈黙に包まれた。私は後ろを振り返る。

「うそ……」

そこにいたのは黒い体に青の面をつけた生き物だった。いや、生き物と言うよりは化け物と呼ぶべきだろうか。月光に照らされてぼんやりと浮かぶそれは、闇によく似合って見えた。
衝撃。バランスを崩して私は床に叩きつけられた。

「逃げてっ」

ゆかりさんが叫んだ。しかし足にうまく力が入らない。腰が抜けてしまっている。

「馨!」

沙世さんが駆け寄って来る。そしてかばうようにして私の前に立つ。
影が動いた。真っ黒な手が、銃を自分の額へ近づけていたゆかりさんへ伸びる。

「岳羽さんっ避けて!」

鈍い音が響く。ゆかりさんが倒れた。
飛び出そうとした沙世さんを湊くんが制し、公子さんはしゃがんだ。そこにはゆかりさんの落とした召喚器があった。

「公子、何してるの……?」

沙世の言葉を無視し、彼女はこめかみに銃口をあてがって口を動かした。
「ペルソナ」……?
瞬間、突風が起こる。沙世さんと私は何もすることができず、ただ呆然と公子さんを見つめていた。
公子さんの背後に人型の何かが浮いていた。彼女と似た髪型で、ハープのようなものを背負っている。
美しい、と思った。
夜風に髪を靡かせていたそれは、火の玉のようなものを影に飛ばす。影がふらつく。いくつかが影から逸れ、燃え上がった。その向こうに気を失ったゆかりさんが見えた。
まずい、このままでは彼女が危ない!
私は再度足に力を込めた。節がきしむような感覚。それでも今度は立ち上がることができた。
沙世さんが私を見る。

「大丈夫です。私だけ座って見てるわけにはいかないですから」

笑ってみせる。私はゆっくりと歩きだした。
ゆかりさんの額には汗が玉となって浮いていた。しかし炎が私と彼女の間に壁を作っている。これでは通れない。汗がこめかみを伝う。
公子さんは今も戦っている。私も戦わなくてはいけない。
腰のあたりに手をやる。冷たいものに触れたらそれを取り出して額にあてる。息を吸い込んで引き金を引いた。刹那、頭の中がはじけたような感覚に陥る。脳に直接何かが語りかける。
――我は汝、汝は我。
ペルソナに属性があればの話だが、もし、自分のペルソナとこの炎の相性が良ければこの壁を抜けることができるだろう。もし、そうでなければ……。
召喚したはいいものの、どうやって炎の壁を通り抜ければいいのかわからない。一か八か、そのまま体当たりしてみることにした。
しかし、炎のそばまで来ると息が詰まった。呼吸ができない。異常な量の汗をかく。

「しまった……」

どうにも相性が悪いようだ。どうするべきか、必死に脳を回転させる。

「ペルソナっ!」

背後で声がした。沙世さんが私の横を通り、燃え盛る炎の前に立ち止まる。彼女の背後には大型の犬の影が見えた。そして沙世さんは歩きだし、炎の奥に消えていった。
固唾を飲んで、私は見守るしかできない。
しばらくして、沙世さんがゆかりさんを支えながら歩いて出てきた。
彼女らに目立って大きな傷は見られない。よかった、と安堵したその時、銃声が耳に飛び込んできた。
振り向くと、公子さんがふらつき、膝をついていた。呼吸が乱れている。影が手に持った剣を振りかざそうとし、私が飛び出しかけたその時、召喚器を持った湊くんの後ろに何かが現れた。
それと目が合った瞬間、たった一瞬だ、それなのに時が止まったような感覚を覚えた。掠れた声が漏れでる。肌が泡立つのがわかる。
それは、飛躍すると、影を殴り、切りつけ、跡形もなく消し去ってしまった。
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