2年5組に残っている者はまばらで、それぞれが自由に昼休みを潰している。それは彼女も同じのようで、自身の席に着き文庫本に目を落としていた。 私は傍にあった椅子を拝借し、恵と向き合うようにしてそれに腰掛ける。 昨日から言おうか言うまいかとずっと考えていたが、やっぱり言おうと思う。彼女が大して興味を示さないということは目に見えてはいるが。
「私、好きな人ができたかもしれん」 「ふうん」 「うん」
薄々予想は付いていたものの、文庫本から目を離さずに「ふうん」とだけ返されるともう黙るしかなくなってしまう。 私が壁に掛けられた時計の秒針を眺めていると、「……で?」と恵がページを捲った。
「名前は、向こうの」 「……わかりません」 「はっ? わからんって、なんやねんそれ、普通訊くやろ。なに、一目惚れ? まじで言うとるんそれ?」 「うう……」
恵の言う通りだ。一瞬話しただけならまだしも、昨日は2人で下校したのだから、名前を訊くことなど造作もなかったはずだ。ただ昨日は緊張していてそれどころではなかったというのも事実である。 しかし落ち着いた雰囲気を纏ってはいたものの、おそらく学年は同じ。探すのにそれほど時間はかからないはずだ。
「けどあんな綺麗な顔した人がおるなんて知らんやったなあ」
私が呟くと、恵は文庫本を捲る手を止め、しばらく考えるようにしてこちらを見つめた。
「……綺麗な顔?」 「うん、正統派っていうか、無駄がないっていうか」 「……あー、ちょっと心当たりが」 「うっそ」
がたん、と音を立てて前に乗り出した私の視界を、包帯の巻かれた腕が横切る。教室の隅で談笑していた女子のグループから悲鳴があがった。
「原沢さん、ちょい委員会のことで……て、あれ」
聞き覚えのある声につられて顔を上げる。彼だった。彼が何やらプリントを差し出したままこちらを見下ろしていた。
「じゃあ恵、ばいびー!」 「うわうるさ」
思いもよらない人物の登場により気が動転した私は勢いよく立ち上がり、素早く教室を出た。 慌てて駆け出した私に向けて恵が声を張った。
「白石蔵ノ介やで」
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