金属音が校庭を貫く。それと同時に私は走り出す。風は凪いでいた。
空に上がったそれはぐんぐん伸びていく。私は位置を定め、左手にはめたグローブを高くあげた。右手はグローブに軽く添える。
眩しい。
こめかみを汗が流れた。
勢いを失い、山なりに落下した白球は、少し大きめのグローブに吸い込まれるようにしておさまる。乾いた音がした。
試合終了を知らせるホイッスルが高く鳴る。




左手をグローブから外し、手首を振っていると、ヘルメットを脇に抱えた男が人混みの向こうからやってきた。
そして私の目の前にくると、ぴたりと立ち止まり、私を斜め上から見おろして言った。

「なんで捕ったんや」

何を。
少し考えた後「最後のフライ?」と尋ねると、相手は眉を寄せて「そうや」と答えた。

「それがどうかしたん」
「だからどうして捕ったんや」
「捕ったらいかんの?」
「当たり前やんか!」

怒鳴られる。なぜ。
困り果てて視線を少しずらすと、飛び火しないうちに、と校舎に戻っていく生徒達の後ろ姿が見えた。

「おいこら目逸らすなや!」
「あっはいすいません」

遠くなるクラスメイトの背中をしばらく眺めていると、目の前の彼は不機嫌そうに私を睨んだ。
こちらが困惑しているのもおかまいなしに、一方的に責め立てられる。その文中の多くに「小春」という人名らしきものがでてきた。誰だろう。
気になったので訊いてみることにした。「小春って誰やねん」すると彼は一瞬驚いたように目を丸くした後、眉をつり上げた。

「知らんのか!」

しまった、と思う。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
彼は更に語調を強めて言った。

「小春は俺のハニーや! 覚えと」
「ぐおおら一氏い! 女の子になに怒鳴り狂っとんねや!」

低くドスのきいた叫び声が耳に入る。遠く離れた校舎の窓から、坊主頭で眼鏡をかけた男子生徒が身を乗り出していた。

「こ、小春!」

先ほどまでの剣幕はどこへやら、彼は弾かれたように校舎へ振り返り抱えていたヘルメットを放ると、そう叫んだ。私は音を立てて転がるヘルメットを拾い上げる。
どうやら窓から顔を出す彼が「小春」だったらしい。
「それと妙なこと吹き込んどんなやどあほ!」と吐き捨てると、小春くんは窓を強く締め切った。

「ああっこ、小春う……! くそ、小春にええとこ見せたかったんに自分のせいで怒られたやんか!」
「それはごめん。これ落としたで、ほな」
「おう、すまんな。……ってこら! 帰ろうとすな!」

後から聞いた話によると、彼は一氏ユウジというらしい。


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