外は土砂降りの大雨だった。
放課後。普段勤しんでいる部活もなかったので、さっさと帰ってしまおうと下駄箱の前で上履きを脱いでいたところ、セーラー服の襟を後方から引っ張られた。お世辞にも品のあるとは言えないような悲鳴が出る。 後ろから伸びるその手を辿っていくと、そこにはやたらと熱血であると評判の数学教師、山口が立っていた。
「あは、先生こんにちは」
そしてそのまま引きずられるようにして2年1組の教室へと連れていかれる。 教室には誰も残っていなかった。私と山口、マンツーマンの7時限目が始まった。所謂補習である。 30分後、ようやく解放された私は、右手に靴を持ったまま、凝然と立ち尽くすことになる。
アスファルトの地面に大粒の雨が音を立てて跳ねる。空は一面重たい雲に覆われており、すぐには止みそうもない。 さてどうしたものか。生憎今日は傘を持ってきていないし、走って帰ったとしてもずぶ濡れになるに決まっている。
「いや、降りすぎ……さっきまで晴れとったやん……!」
嘆いたところで雨が上がるはずもなく、困り果てた私はその場にしゃがみこんだ。そんな時、肩をつつかれ、振り返る。 少年が立っていた。 雨の湿った匂いや夏の暑ささえ忘れてしまうような端正な顔立ちをした少年だった。
「……え」
声が漏れる。 私に一体なんの用があるのだろう。もしかして、邪魔になるような所にしゃがみこんでしまっていただろうか。 私がぐるぐると考えを巡らせていると、彼は爽やかな笑顔を浮かべた。
「傘、ないんじゃないかと思うてな」
そう言うと、青い無地の傘を差し出す。 それを受け取るべきかと思案していると、彼は私の考えを見越したかのようにして言った。
「いつもは1本しか持って来とらんねんけど、今日はたまたま折りたたみ傘もあってな、2本持って来ててん。使うてや」 「お、おおきに……! なら、これは明日……」 「あっちょお待って」
礼を述べてその場を去ろうとすると、引き留められた。大粒の雨が傘を打つ音がやけに響いて聞こえる。
「自分、錦那りのさんで合うとる?」 「うん」 「お、やっぱり」
なぜ私の名前を知っているのだろう。 頷きはしたものの、疑問に感じた私は首を傾げる。
「え、なんで知っとるん?」 「俺の知り合いがよう話しとるで。元気な友達がおるー言うて」
「けど全然大人しいええ子やんなあ」と言って笑う。
「せっかくやし、一緒に帰らん?」
傘に当たって弾ける雨粒達の音が遠くに聞こえる。そのかわり、心臓の音がうるさい。頬に熱が集まっているように感じる。きっとどれも、ただ暑いせいではないのだと思う。 私は顔を見られないように頷き、柄を握り直した。
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