椅子に腰をおろし、右手に持ったピックで弦を弾く。その瞬間、周囲の喧騒から1人切り離され、私は目を瞑る。耳に届くのは、弦の震える音だけだ。 小さく息を吐き、ピックを握り直した時だった。
「恵さん」
ずるずると引き戻され、私の意識は賑やかな音楽室に放り投げられた。 顔を上げる。光が立っていた。
「ん、どないしたん」 「いつになったらうちのバンドに来てくれるんすか、俺ずっと言うてますよね」
表情を崩さないまま光が言う。 光が入部してからというものの、彼からはずっと「一緒にバンドを組んでほしい」と頼まれていた。バンドを複数掛け持ちすることも可能ではあるのだが、できれば1つのバンドに専念したかった。しかしなんとなく断りづらく、これまでずっと曖昧な返事をしていたのだ。
「あー……そうやなあ」
そこではた、と光は白石と同じくテニス部であったことを思い出す。 白石といえば、りのの想い人である。 あれほど女子からの人気を博しているにも関わらず全くと言っていいほど浮ついた話を聞かないが、彼とて男子中学生、理想の女性像くらい語り合ったりするのではないだろうか。もしそうであれば光からそれを聞き出し、りのにこっそり教えてやろう。
「……そういえば光、白石の好みのタイプとか知らん?」 「知りません」
即答である。 まあ光はまだテニス部に入部して3か月と経っていない。そういった話をしたことがないのも仕方がないか。あとで小春ちゃん(体育の授業で野球をやったあの日以来、彼とはよく話すようになっていた)にでも訊いてみよう。確か彼もテニス部であったと記憶しているし、彼ならばこういった話題に強そうである。
「……なんで俺に訊くんすか」
光が不機嫌そうに言った時、彼の背後から男子が2人顔を出した。
「あーっまた財前は恵を誘っとる」 「こらこらこら光、ずっと言いよるけど男女混合やと最初のうちは良くても後々ややこしなってくるで」 「せやせや。それに恵のパートはギター、確かにええプレイヤーやけどな、うちの場合お前と坂崎の2人が既におるねんからギター3人もいらんやろ」
謙也と坂崎。どちらも光のバンド仲間だった。 先輩2人からの苦言を呈されてもなお光は面倒くさそうにぼやいた。
「5人やと多すぎる言うんなら謙也さんが抜ければええんすわ」 「なんでそうなるねん! ドラム抜けてどないするつもりや!」 「そんなん打ち込みで事足りますわ。どっかのドラマーさんとちごうてテンションもリズムも保ってくれますし、優秀すよ」 「お前なあ……!」 「どうどう」
今にも飛びかかってしまいそうな謙也を坂崎が宥める。 私は3人の声を聞きながら、ギターの指板に指を滑らせた。
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