「錦那さん!」

校舎から出てしばらく歩いていると、背後から名前を呼ばれ、私は足を止めた。
爽やかに佇む白石くんが脳裏に浮かび、そして消える。彼の声ではない。
振り返ると、見覚えのある金髪がこちらに向かって駆けてきた。

「謙也くん」
「急に呼び止めてすまんな……っと、俺の名前、知っとるんやな」
「あ、ああ、友達が言っとるの聞いてたねん!」

咄嗟に嘘を吐いた。本当は白石くんが彼のことを「謙也」と呼んだのを覚えていたためだったが、不容易に彼の名前を出すと、私が彼のことを好きなのだとバレてしまうかもしれないと思ったのだ。恵ならまだしも、知り合って間もない、それも白石くんと同じ部活の男子にそれを知られるのは非常にまずい。
私の言葉を疑う様子もなく、謙也くんは「なるほどなあ」と相槌を打つ。

「それで、何か用事でもあるん?」
「あっそうそう、左手の調子どうかなと思ってな。……俺が怪我させたようなもんやし」
「そこまで酷なかったからもう大丈夫。それと謙也くんは悪ないで!」
「いや俺が走りよったせいで」
「いやいや私がぼけっとしよったから」
「いやいやいや」
「いやいやい……うっ」

突然背負っていたリュックを強く引かれて、私は思わず呻いた。

「真正面から来たのに気づかんってどないやねん、りの」
「謙也さんナンパすか。……見損ないましたわ」

私のリュックを引っ張ったのは恵だったらしい。その隣で毒を飛ばす少年は確か「光」とか呼ばれていたような気がする。2人とも私の正面方向から来て後ろに回り込んだのか。……全然気づかなかった。

「なっナンパとちゃうわっ財前お前妙な誤解すんなや! なあ錦那さん」
「えっ? あー、どうなんやろ?」
「そこは否定してくれ! アハハって笑ってる場合とちゃうで!」

弁解を求められるが、私はこらえきれずに噴き出した。謙也くんに肩を掴まれ、そのままガクガクと揺すられる。
多少の目眩を覚えながら恵の方を見ると、恵は私から視線を逸らした。

「痴話喧嘩なら他所でしてください。迷惑っス」
「なんかもうしんどなってきたわ。ほら財前、暗くならん内に帰れ、帰れ。恵も」

こめかみを押さえ、2人を追い払うように手を振る謙也くん。なんかお母さんみたいだ。
恵達を見送りながら私はそういえば、と疑問に感じていたことを思い出す。暗くなってきた道を歩きながら「3人って何か関係あるん?」と質問すると「ああ、俺ら軽音部やからな」と謙也くんは答えた。

「俺と財前は同じバンドで活動しててな、恵は違うバンドのメンバーしてんねんけど、なんや財前が恵にやたら懐いてな、で、ずっとあの調子や」
「へーえ」

私は沈んでいく夕日を見つめながら、先程から覚えていた違和感の正体を探していた。


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