りのを教室まで送り終え、自分の席に座ってこの間買った小説を軽く捲っていると、前方から声がかかった。見るとそこには白石の想い人(だと思われる)弥生さんが腕を後ろに回して立っていた。
「原沢さんだよね。弥生咲です」
クラスメイトだから知ってるけどね、と思いつつも、同じように「原沢恵です」と返して手中の文庫本を閉じた。 それより弥生さんが私に何の用があるというのだろうか。今まで互いに顔は知ってるというだけで、話したことはなかったというのに。 私が思考を巡らせている中、弥生さんの口から予想もしなかった人物の名が飛び出した。
「原沢さんってりのちゃんと友達?」 「え?」
思わず間抜けな声が出る。すると弥生さんはくすりと笑った。うわ美少女。
「私りのちゃんと同じ部活なんだ」 「へえ、てことは陸上部なんや」
意外と感じると共に違和感を覚える。「もしかして」と私は口を開いた。
「弥生さんて、東京の人?」
私の言葉を聞くと、弥生さんは少しの間視線を泳がせ、小さく頷いた。
「私、春休みの時にこっちに越してきたの」 「なるほど。あ、いやごめん。それで?」 「あのね、ちょっと訊きたいことがあって。りのちゃん怪我したりしてなかった? さっき人とぶつかっちゃったみたいだったから」 「ああ、捻挫かもしれんね、ようわからんけど」
そう言えば彼女は小さくお礼を述べて教室を出ていった。 陸上部にしろ何にしろ怪我は怖いものだ。部活仲間からすれば心配だろう。それよりもりのと弥生さんがクラブメイトか、ややこしくなってきたなあ。
*
ところ変わって保健室。ここでは、残された2人の男子生徒が1人用の椅子に仲良く腰掛けていた。
「なあ白石」 「なんや謙也」 「あの子誰やったん」 「知らんで連れて来たんか」
「謙也くんやらしいわあ」と言いながら、白石は後ろの方へと体重をかける。背中合わせの状態で座っているので、謙也の姿勢はだんだん前かがみになっていく。謙也は自分の太股を押し、その反動で白石の背を押し返した。一瞬バランスを崩したものの、白石はなおも押してくる。均衡を保ちながら謙也は怒鳴った。
「やらしいのはお前の方やろ!」 「ハイハイ、錦那りのさんやで。そうか謙也原沢さんとは同じ部活やったなあ……あ、謙也もしかして」 「そんなんと違うわ!」 「うお」
白石が言葉を言い切らないうちに、謙也は椅子から勢いよく立ち上がった。束の間の浮遊間。行き場を失った力は白石の全体重を乗せて、謙也の腰に衝突した。急な体重移動をしたためにキャスターが悲鳴をあげ、白石は滑り落ちてうずくまった。 腰を押さえて悶絶する男子と、頭を押さえて動かない男子。なんともいえない光景が保健室に広がった。 しばらくして白石が顔をあげる。
「すまん謙也」 「すまんで許されるか。尾てい骨粉砕したか思うたわ」 「俺やって脳震盪起こしたか思った。まあ、お互い様やな」 「……せやな」
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