りのを教室まで送り終え、自分の席に座ってこの間買った小説を軽く捲っていると、前方から声がかかった。見るとそこには白石の想い人(だと思われる)弥生さんが腕を後ろに回して立っていた。

「原沢さんだよね。弥生咲です」

クラスメイトだから知ってるけどね、と思いつつも、同じように「原沢恵です」と返して手中の文庫本を閉じた。
それより弥生さんが私に何の用があるというのだろうか。今まで互いに顔は知ってるというだけで、話したことはなかったというのに。
私が思考を巡らせている中、弥生さんの口から予想もしなかった人物の名が飛び出した。

「原沢さんってりのちゃんと友達?」
「え?」

思わず間抜けな声が出る。すると弥生さんはくすりと笑った。うわ美少女。

「私りのちゃんと同じ部活なんだ」
「へえ、てことは陸上部なんや」

意外と感じると共に違和感を覚える。「もしかして」と私は口を開いた。

「弥生さんて、東京の人?」

私の言葉を聞くと、弥生さんは少しの間視線を泳がせ、小さく頷いた。

「私、春休みの時にこっちに越してきたの」
「なるほど。あ、いやごめん。それで?」
「あのね、ちょっと訊きたいことがあって。りのちゃん怪我したりしてなかった? さっき人とぶつかっちゃったみたいだったから」
「ああ、捻挫かもしれんね、ようわからんけど」

そう言えば彼女は小さくお礼を述べて教室を出ていった。
陸上部にしろ何にしろ怪我は怖いものだ。部活仲間からすれば心配だろう。それよりもりのと弥生さんがクラブメイトか、ややこしくなってきたなあ。



ところ変わって保健室。ここでは、残された2人の男子生徒が1人用の椅子に仲良く腰掛けていた。

「なあ白石」
「なんや謙也」
「あの子誰やったん」
「知らんで連れて来たんか」

「謙也くんやらしいわあ」と言いながら、白石は後ろの方へと体重をかける。背中合わせの状態で座っているので、謙也の姿勢はだんだん前かがみになっていく。謙也は自分の太股を押し、その反動で白石の背を押し返した。一瞬バランスを崩したものの、白石はなおも押してくる。均衡を保ちながら謙也は怒鳴った。

「やらしいのはお前の方やろ!」
「ハイハイ、錦那りのさんやで。そうか謙也原沢さんとは同じ部活やったなあ……あ、謙也もしかして」
「そんなんと違うわ!」
「うお」

白石が言葉を言い切らないうちに、謙也は椅子から勢いよく立ち上がった。束の間の浮遊間。行き場を失った力は白石の全体重を乗せて、謙也の腰に衝突した。急な体重移動をしたためにキャスターが悲鳴をあげ、白石は滑り落ちてうずくまった。
腰を押さえて悶絶する男子と、頭を押さえて動かない男子。なんともいえない光景が保健室に広がった。
しばらくして白石が顔をあげる。

「すまん謙也」
「すまんで許されるか。尾てい骨粉砕したか思うたわ」
「俺やって脳震盪起こしたか思った。まあ、お互い様やな」
「……せやな」


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -