恵の教室を急いで出たはいいものの、行く先がない。悲しいことに私には恵以外気軽に話せるような友達がいないし、昼休みもまだだいぶ残っている。 どうしたものかと廊下をぶらつく。そんな時だった。
「うわ」
何が起こったのか分からなかった。気がつけば私は床に両手をつき、座り込んでいた。 顔をあげれば、同い年であろう男子が青ざめていた。窓からこぼれる日が反射し、その男子の髪を輝かせていて、表情と髪の対比がなんだか面白かった。 よほど大きな音がしたのだろう、あちこちの教室から人が出てきた。あ、恵だ。 他人ごとのように辺りを見渡していた私に、目の前の男子は申し訳なさそうに両手をあわせていた。
「すっ、すんません、俺が注意してへんかったから! 怪我とか……」
そう言われて視線を落とす。私は両腕を後ろにつくような格好で廊下に座り込んでいた。言われてみれば、左腕がじんじんと熱を持っているような気がする。無意識のうちに利き手である右腕を庇ってしまっていたのだろうか。
「ちょっと、左手が……」 「うわほんますまん! しっかつかまっとき」
そう言うと、彼は私を背負って走り出した。 何が起きたのかいまいち理解できないまま目の前で揺れる髪を眺めていると、保健室へ着いたので私は背中から飛び降りた。私を乗せてくれていた男子が保健室の扉に手をかけ、開けた。その中には知り合いがいたようで、彼は片手を軽く挙げる。
「おう、おったか」 「謙也。どないしたん、また転けたんか?」
へえ、この人ケンヤって言うんだ。って待てよ、この声……。
「お、白石やん」 「なんでやーっ」
保健室にいたのは白石くんだった。 追いかけてきていたらしい恵が私の後ろから顔を出して白石くんの名前を呼び、私は思わず叫んだ。一気に視線が降りかかる。特に恵の目がきつかった。 というかなんで白石くんがいるんだろう。せっかく逃げてきたのに、とそこに留まっていると、恵に背中を小突かれた。よろけながら部屋の中に入る。そしてケンヤくんにソファに座っているように言われたので、大人しく端にあるソファに腰掛ける。 改めて辺りを見渡す。室内には私を含めて4人、恵と白石くんとケンヤくんだ。冷蔵庫から保冷材を取り出し、弾性包帯を手に持って白石くんは私のもとへと来た。
「先生1年の集団宿泊につきおうとるやん? せやから今日は俺が保健室の守せなあかんねん」
そう言いながら、白石くんが慣れた手付きで包帯を巻いていく。その間私は、まつげ長いなあ、とか全く関係ないことを考えていた。
「おっしゃ、できたで」
白石くんが手を叩いて言うので、私は一言お礼を言った。恵の元へ行くと、恵は「帰るで」と言って私の右腕を引いた。左手でないところにさりげない優しさを感じる。自然と顔が綻んだ。 恵が保健室を出る際に、ケンヤくんと白石くんに「おおきに」と言ったので、私も2人に手を振ると、2人ともちゃんと振り返してくれた。
「おそろいやね」
廊下を歩いてると、ふいに恵が呟く。
「なにが?」 「その包帯が白石とおそろい」 「ちょ……!」
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