4月25日

どろり。
湿度が上がる。
呼吸が、アスファルトを踏みしめる音がやけに大きく聞こえる。
真夜中の巌戸台に「影」が落ちる。
夜は嫌いじゃない。街を黒く染め上げ、何者も包み込んでくれる。日の出とともに目覚め、活動する人間がいるように、夜には夜の人間がいる。
しかし、この時間はいつまで経っても好きになれない。全てが活動を辞め、灯は落ち、街には棺桶がぽつりぽつりと立ち並ぶ。そこの3つの棺桶は、ついさっきまでニヤつきながらひそひそと話していた連中だ。少し歩くと、橋の隅の方に棺桶が1つ立っていた。ここにいる人間は、0時を前にして、欄干に手をかけ、一体何を考えていたのだろう。そんなことを一瞬考えて通り過ぎようとしていると、かすかに男の悲鳴が聞こえた。
その声の元に走り出してしまっていた自分に気が付き、下唇を噛む。食われた人間の元へ行くなんて。どうせ間に合いはしないのに。力は使わないと決めたのに。罪滅ぼしのつもりか。騒ぎに駆け付けて、指を咥えて眺めるだけなんて、まるでただの野次馬だ。

「あー、間に合わなかったかー」

女の声。
反射的に足を止め、物陰に隠れる。

「ム、なにやつ」

咄嗟に隠れたところで相手は俺の存在を察知していたようで、ジリジリと詰め寄ってくる気配がする。

「……こっちのセリフだな」

俺は物陰から姿を現わし、向かい合う女を睨む。
見ない顔だ。痩せ型。全体的に色素が薄く、ぼんやりとした印象だ。なんとも夜の似合わない女だ、と思った。

「女がこんな時間に何してやがる」

言うと女は少し口を窄めて「パトロール」とだけ言った。いじけているような、ふざけているような、申し訳なさそうな、なんとも言えない表情。

「そうは見えねえな」
「信じてよー」

気に触ったようで、次ははっきりと不快そうな顔をした。

「間に合わなかったんだよ。まだ4月だっていうのにさ、こんなに多かったなんてさ」
「てめえはさっきから何を喋っている……?」

「多い」というのは先程シャドウにやられただろう男のことか。いや、まだシャドウのせいだとは言いきれない。この変な女がやった可能性も0ではない。
少し身構える。腕っ節には自信があるが、この女が武器を持っていないとは限らない。そもそもこの影時間に平気で出歩いている女だ、ペルソナの力が使える可能性も大いにある。となると、状況は圧倒的に不利だ。俺もペルソナの能力者ではあるが、もう使わないと決めたのだから、実質丸腰である。
警戒心を増している俺に気づいたらしい女が、またとぼけた顔をする。

「あれ、なんか誤解されちゃってるみたいね。この人をやったの、私じゃないよ。君と一緒、助けに駆けつけたつもりなんだけどもね」

何も持っていないことを証明しようとしてか、女は手をひらひらと振り、洋服の上から全身をポンポンと叩いて、また手を振った。

「いや、それだけじゃ……」
「おっと、私は君みたいな能力は持ち合わせていないよ」
「……じゃあそれでどうやってそいつを助けようとしたってんだ」

シャドウに食われ、地べたに座り込んで宙を眺める男を顎で示すと、女は明らかに、しまった、という表情をした。そして少し言い淀んで、言った。

「君の知らない助け方もあるんだよ」

その言葉を聞いた途端、何故だか不思議な感じがした。上手く言い表せない、しかし何とも慈愛に満ちた感覚だった。
女は黙りこくった俺を見て少し笑い、「じゃあ」と立ち去った。
俺はただその後ろ姿を見つめていた。追いかける気にもならない。変な感覚が残ったままだ。
湿度が下がる。
0時になった。

結果論
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