4月25日

私と馨は幼馴染だ。馨とは、物心がついた時からずっと一緒にいるような気がする。家が近いわけでも、親同士の仲が特別いいという訳でも無い、ただ保育園が一緒だった、それだけである。成長に伴い昔はよく遊んでいた子と疎遠になるというのはよくある話だが、そういう気配が全くない。高校生になってもこの関係が続いているので、恐らくずっとこの調子なのだろう。
なぜだろう、とたまに考える。その度に「透子がいるからだ」と答えが出る。




10年ほど前である。私と馨の間で遊び場に悩んだら行く公園があるのだが、そこに彼女はいたのだ。ペンキがすっかり禿げてしまったベンチに座り、1人泣いていた。
自分達と歳は近そうなのに近所で見た覚えがなかったので、すぐに声をかけた。迷子だと思った。

「大丈夫?」

私達がいることに気づいていなかったようで、少し驚いたような素振りを見せる。

「大丈夫。気にしないで」

そして何かを抱きしめるようにして隠した。
私は違和感を覚える。こんなに泣いているのに、言葉を詰まらせたりしゃくりあげたりすることも無く、はっきり喋ったからだ。そして彼女の答えは、6、7歳ほどの女の子にしては大人びすぎていたのだ。
しかし当時の私達は幼く、その違和感が何によるものなのか理解できなかった。

「何を持っているんですか?」

驚いて先程までの考えが全て吹き飛んでしまった。あの人見知りの馨が、出会ってまもない相手に自ら、喋りかけた。
女の子は「なんでもないよ」と言うと顔を伏せてしまった。




それ以降のことはもうあまり覚えていない。部分的に思い出すことはあるが、モザイクでもかかったかのように不鮮明で、どれも本当にあったことなのかいまいち確信を持てない。そして2人に確認するのも何故かはばかられた。
しかしやはり、透子がいるから私と馨は一緒にいる気がする。透子が私達をつなぎ止めているような気がする。
物思いに耽っていると、寮の扉がノックされた。寮に入って1ヶ月もすれば、ノックの仕方で扉の向こうにいるのが誰か、大体見当がつくようになっていた。馨は控えめだし、桐条先輩はなんとなく歯切れがいい、真田先輩はグローブをしているのでもう少し鈍い音がする。そういう訳で、今回はゆかりちゃんである、と結論づけた。

「沙世ー、公子も元気になったことだし、お昼から買い物に行かない?」
「あっ行く!」

正解だった。扉から少し顔を出したゆかりちゃんは、「じゃあ時間になったら下で待ってるからー」と手を振ってくれた。私は右手に握っていたシャープペンシルをノートに挟み、椅子に座ったまま伸びをした。窓からはレースカーテン越しに太陽が見えた。




週末のポロニアンモールは人気が多い。片田舎出身の私からすると華やかで未だにそわそわしてしまう。

「公子あのお店きっと似合うよ行こう!」
「あっ待ってゆかりー!」

ゆかりちゃんはアパレルショップを指すとそのお店目がけて早足で行ってしまった。公子が私の手を引いて「沙世も行くの!」と笑ってくれる。
今回馨は寮で留守番だ。元々馨はかなりのインドア派で、休日はトレーニングか寝るかしかしないたちなので、今日も例に漏れず、といった感じだ。
ゆかりちゃんは私達より一足先に入店しており、あれもこれもと手に取りながら何やらぶつぶつ言っていた。こちらに気づくと、持っているニット、スカート、シャツ、羽織、パンツ、ワンピース、とあれこれ公子に合わせてはやはりぶつぶつ言う。店のもの全部を試す勢いで笑ってしまった。
店内を見渡す。いやはや、今どきなショップである。季節は春であるから、並ぶ服達はあたたかで優しい色味のものが多く、質感も柔らかそうで、到底私には似合いそうも無いものばかりだ。

「沙世はこれ!」

孫の買い物に付き添う祖母になったつもりで微笑ましく眺めていた所、ゆかりちゃんが突進してきた。と思うと洋服を私にあててうんうんと頷く。

「沙世はスタイルが良いからなんでも似合いそうだけど、こういうのだと雰囲気が出ていいよね」
「わかる!」

「さあさあ着てみましょー」「一緒に行こー!」と2人に両腕を取られ、あれよあれよという間に試着室に放り込まれた。
手に取らされた服を広げて、まじまじと眺める。ワンピース。なんてこった。この私がワンピースだなんて。しかもなんか、全体はニットなのに、横に切れ込みが入って、そこから覗く布は縦にシワシワしている。今どきはこんなデザインの物もあるのか。

「着れたー?」

ゆかりちゃん。まだです。まだ着れていない。
なんせこんな容姿なので、ワンピースなんて着た覚えがない。繊細そうなので、破いてしまわないか、慎重になってしまう。そもそも着方も合っているのかわからない。

「着れた!」

ほんの少し冷や汗をかきながらも、着替え終えたので声掛けをすると、試着室のカーテンが開かれてゆかりちゃんと公子が現れた。あ、公子も着替えている。フリルの入ったブラウスにショートパンツという出で立ち。可愛らしく元気な公子にぴったりだと思った。

「やっぱり!すっごく似合ってる!」
「さすがゆかり! おしゃれ番長! おしゃばん!」
「はあ……」

ゆかりちゃんが更衣室から私を引きずり出して、その場でくるくる回らせる。公子は何故だかえらく興奮して、ゆかりちゃんの隣できゃあきゃあ言っている。
着替えても尚他人事のような顔をしている私が気になったようで、ゆかりちゃんがようやく私を止めてくれた。少しふらついてしまい、試着室の入口を掴んで、体制を整える。視線を上げるとワンピースを着て少し困った顔でこちらを見る私が鏡に映っていて、少しだけ、悪くないかもと思った。

証明
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