窓際にある席からは運動場がよく見え、授業中に体育の様子を伺うことができた。5時限目、まどろみながらそちらに目をやると、1人の女子生徒に目がいった。陸上競技の授業でハードル走をやっているらしい。ほとんどの女子生徒が気だるそうに飛び越えていく中、彼女だけは正確なフォームでハードルをひとつふたつと越えていく。
ああもうゴールだ、と、そう思った瞬間にふっと意識が途切れた。浅い眠りの中に観た夢では、あの女子生徒がハードルを飛び越え、どこまでも走り抜けていた。

それから2年の月日が経過し、中学3年。初夏。宍戸亮は終礼が終わると同時に荷物を背負い、教室を飛び出して廊下を疾走していた。一刻も早く部室に向かわなければ、奴に捕まってしまう。その一心だった。
「オンユアマーク」幾度となく聞いた声が後方から届いた。「セッツ」それから少しの間を置いて、誰かが手を叩いた。宍戸の足音に、もう一つ足音が重なる。それは細かくピッチを刻み少しずつ少しずつ、宍戸との距離を縮めていく。

「宍戸おおおおお!今日こそ陸上部の練習に参加してもらうぞおらああ!」

ドスの効いた声が後ろで叫ぶ。ようやく曲がり角だ。宍戸はその角を曲がり、階段を駆け下りる。下駄箱から自分の靴を素早く取り出しつっかけ、また走る。

「うおおお宍戸靴はちゃんと履け踵をつぶすなあああ」

無視だ。そのまま突っ走ってテニスコートへ飛び込む。内側から施錠。

「ぎゃああああ今日も負けたくっそおおおお」

先ほどから宍戸を追いかけ回し、しかしテニスコートに逃げ込まれたためにどうしようもなくなり、フェンスに指を引っ掛けて体を前後に揺らしながら叫び声を上げるのは、陸上部エースの名前であった。2年前、宍戸が窓際で見た彼女である。宍戸は名前に1年と少しの間付きまとわれており、その度にこうしてテニスコートへと飛び込んでは胸を撫で下ろしていたのだった。

「宍戸のそのダッシュテニスに使うだけじゃ絶対持ったいねえってだからうちに来てくれ頼む!」
「嫌だって言ってんだろ、それに今年は中学最後の年だし」
「去年は去年で『先輩達にとっては最後の年だから』とか言ってただろいやほんと……」
「アーン? 名前じゃねえか、今日も俺様に会いにやってきたわけだな」
「ウ……あ、跡部……」

跡部は名前の方へと歩みを進め、彼女をフェンスと自分の体とで挟んで身動きが取れないようにする。
がしゃり、とフェンスが音を立てた。名前の表情が凍りつく。名前は宍戸へと視線を向けて助けを求めようとするが、彼は、すげえ壁ドンだ、初めて見た、などと全く関係ないことを考えていた。

「勘弁してよ」
「はっ、嫌よ嫌よも好きのうちとか言うじゃねえか」

なんだか気恥ずかしくなってきた宍戸は、ラケットを取り出してグリップを巻き始めた。何となく気にはなるので、耳はそばだてながら。

「本当、無理だから」
「なんでだ、後悔はさせねえぜ」
「跡部様親衛隊から何されるかわからないし、何より、その、ほら、私付き合ってる人いるから」
「……誰だ」
「……宍戸」
「はっ?」

思わず大きな声が出てしまった。跡部がこちらに顔を向ける。一瞬怪訝そうにその整った眉を潜めたが、それもすぐに余裕の表情へと変わる。

「そんな噂は聞いたことがねえぞ、現にあいつも戸惑っているようだしな」

そうだそうだ、と宍戸は心の中で跡部に加勢する。しかし尚も名前は言った。

「だって誰にも言ってないんだよ、宍戸も私が跡部にバラしたからああいう顔してるんだ」

いや、付き合ってないから、本当だから。

「……なるほどな、面白え」

跡部は、名前が動けなくなるようにとフェンスにかけていた手を離し、両の腕を組んだ。

「ならば力ずくで奪い取るまでだ。宍戸、覚悟しておけよ」

高笑いしながら跡部は去って行った。宍戸が名前を睨みつけると、彼女はいつものあほ面を取り戻して言った。

「てことでよろしくね、宍戸」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -