「緑谷くん釣りに行こう!」
「この時期に!」

インターホンが鳴って、出てみれば名字さんが立っていた。何か用があるのだろうかとかなぜ家を知っているのだろうとか思考を巡らせながら「おはよう」と言えば挨拶より先に「釣りしよう」が返ってきた。

「いいじゃん、つーり! つーり!」

玄関先で釣りコールを始めた名字さんは、暖かそうなダウンにニット帽を被っている。赤い手袋をはめた手には釣竿とバケツを持っていた。
「いやでも」と断ろうとした時、彼女は自分の後ろの方から人を呼び寄せた。

「飯田くんとお茶子ちゃんもいるよ」
「や!」
「今日も寒いな」

名字さんの後ろから現れたのは飯田くんと麗日さんだった。二人も例に習って釣竿を持っている。

「緑谷くんも釣りに行かない? 寒いけどさ、楽しいと思うな!」
「ねえ行こうよねえねえねえねえてか来てくれないと緑谷くんちに勝手に上がり込んじゃうから」
「上がってもいいよ、何もないけど」
「……嫌だ釣り行ってくれないとピンポンノーダッシュ繰り返してやる」

少し考える素振りを見せた名字さんだったが、すぐに駄々をこね始た。
ピンポンノーダッシュは嫌だなあと思ったので、三人に同行することにした。

先頭に立って進むのは名字さんで、その隣を歩いているのが飯田くん。二人の後を僕と麗日さんとでついて歩く。飯田くんはなにやら名字さんに話を聞いているようだった。
真冬の風が僕の顔を撫でて通り過ぎていく。隣を歩く麗日さんの方をちらりと見やる。マフラーの上から覗く彼女の鼻は赤みがかって見えた。


「でさ、飯田くん達呼ぶ前にさ、轟くんちに行ったのよ。私彼としゃべったことないんだけどさ」
「うん」
「断られた」
「そりゃそうだよ」
「むしろ出てこなかった。その後梅雨ちゃんちにも行ったけど寒いから行きたくないって言われて尾白くんも透ちゃんも爆豪くんも切島くんも百ちゃんもだめって言われた。でも百ちゃん釣竿作ってくれたエロいよね」

そう言いながら名字さんは竿をしならせ、それを海に振りとばす。麗日さんは自分の個性を利用し、竿を軽くしていた。彼女が軽く振っただけで大分遠くまで飛んでいった。僕もそれに続いて振りかぶる、が、隣から視線を感じたのでそちらを見ると、飯田くんがこちらを見ていた。
「どうかした?」ときいてみる。しかし彼はすぐに視線を逸らして「なんでもない」と言う。

「おっ、来た!」

最初に当たりが来たのは麗日さんだった。

「やったあアイナメ!」

彼女の釣り上げた赤褐色の魚は、釣り糸にぶら下げられた状態からどうにか逃げだそうと必死の形相でもがいている。
あれ、と麗日さんが言った。

「飯田くんは投げないの?」
「あ、ああ、今から投げようと思っていた」

僕はリールを巻いて餌の様子を確認する。ああ、食べられてしまっていた。替えなければ、そう思ってその場にしゃがみ込み、餌を付け替える。その瞬間、右の二の腕辺りに強い衝撃を感じた。一瞬誰かにぶたれたのかと思ったが、それはどうも違うようだった。
視線を前の方へ持ってくると、妙な格好のまま静止している飯田くんと目があった。どうやら彼は竿を振りとばそうとしていたようで、その糸を視線で辿っていくと、僕の二の腕にあった。

「おめでとう飯田くん、人生初の釣りにして160センチ級の超大物!」

名字さんが茶化したように言った。
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