君のおはようで生まれ、君のさよならで死んでゆく

「ここが氷帝……」

大勢の人が登校する中で私は1人、だれにともなく呟いた。
そんな私の横を、人々は一瞥して通り過ぎてゆく。目の前の校舎を見上げる。それは私がかつて見たことがないほどに大きく、まるで威圧しているようにも感じられた。
私は転校生だ。父親が仕事で転勤となり、氷帝学園中等部へと通うことになった。父は公務員、母は専業主婦のいたって普通の家族だったのだが、2学期の終わりに突然転校を告げられる。勿論以前通っていた中学校も、多少生徒数は多いものの普通の学校で、それでも私はその学校と友人が大好きで、ときたま携帯でやりとりしているにしてもなかなかに寂しかった。
転校がいやだとぐずっていた今朝の弟のことを考えて少しだけ笑うと、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこには人の良い笑顔を向ける女子と、寒がりなのかブレザーのポケットに両手を突っ込み、チェックのマフラーで口元をうずめた女子の2人組。

「ね、君噂の転校生っしょっ。あたし風早舞、よろしくね!」

未だに笑う子は風早というらしい。そしてそれに続き、彼女の隣の女子がマフラーの下から呟いた。「結城ミノリ、よろしく」
「ミノリ超鼻声じゃん。うける」
「黙ればか」

そう言うと、淡白な印象だけ残して、黙ってしまった。
風早舞ちゃんと、結城ミノリちゃん。頭の中で、何度も繰り返す。
なんだか対のイメージがある2人だ。

「三矢八千代って言います。これからよろしくね」


外が大きければ中はもっと広い。校舎に入り、度々人に道を尋ねながらようやくたどり着いた職員室。扉を開けると甘い香りが鼻腔をくすぐった。
たくさんの視線が私にふりかかる。さすが氷帝と言うべきか、教師の数が並でない。その中で1人の男性教師が立ち上がり、歩み寄ってきた。

「三矢さんだね?」

柔らかい物腰の男だった。担任だろうか。私はそんなことを考えながら、こくりと頷いた。

「2年H組のクラスを受け持っている花緒だ。君の担任になる。今から教室に向かうからついてきてくれるかな」

いいともー! とかなんとか叫びたくなる衝動を抑えながら、私はできるだけ明るい声で返事をした。

「2-H」と書かれた扉の前で待っていると、声がかかった。教室に招かれたので、中に入って教卓の前まで歩いていく。正面に向きなおった。注がれる目、目、目、目、眼鏡、目、丸眼鏡、目、目。
背筋を伸ばし、口を引き結ぶ。

「今日からこのクラスで勉強させていただくことになった三矢八千代です。よろしくお願いします」

ありきたりな自己紹介だったが、最後にお辞儀をするとぱらぱらと拍手が起きた。
最初のつかみはオッケーかな?

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