モーニングランプ

消毒液とかすかな埃の混じったにおい、無機質な白い壁。私は病院へ来ていた。数日前から入院している叔母の見舞いにと、部活帰りに寄ったのだ。
見舞いを終えて廊下を歩いていると、病室の入口に貼ってある、1枚のネームプレートが目に止まった。立ち止まった私の脇を看護婦が忙しなく通り過ぎていく。




その部屋は、ほのかに甘い花の香りがした。

「あれ、結城さんじゃないか」
「久しぶりたいね、幸村」

幸村精市は、窓際に置かれたベッドの上にいた。病室には彼1人しかいない。
やってきたのが私であったことに気がつくと、幸村は少しだけ目を見開き、そして微笑んだ。儚く、風でも吹けばたちまち崩れ落ちてしまいそうな笑顔だった。
私は壁に立てかけてあったパイプ椅子を引っ張ってきて、それに腰を下ろす。

「来ておいてなんだけど、何も持ってきとらんばい」
「いや、寄ってくれただけ嬉しいよ」

そう言うとまたあの微笑みを浮かべるのだ。
なるべくそれを見ないようにしながら、私は自身の鞄の中を覗いた。直方体のパッケージが目に入る。

「ボンタンアメならあるばってん」
「ふふ、君は本当にそのお菓子が好きだね」

「じゃあ1粒貰おうかな」と伸ばされた手に、琥珀色の菓子を取って乗せる。
「甘いね」と笑う幸村に私は「お菓子だけんね」と返し、自分の口にもアメを放り込む。

「ここはつまらないよ」

独り言とも、私が何か答えるのを期待しての発言ともとれた。アメを咀嚼しながら思案する。幸村の眺める窓は締め切られており、空調の音だけが響いていた。

「……彼女に会いたいな」

結局私は何も言い返せず、ただ幸村の零す呟きを黙って聞いた。
「彼女」とは舞のことを指しているのだろう、幸村精市は風早舞のことを好いている。それも随分と前から。
本人から直接聞いたわけではないのだけれど、舞のことを話す時の表情から、声音から、それはなんとなく伝わっていた。特に隠す気もないのだろう。
私は口の中のものを飲み込むと、壁に掛けられたアナログ時計に目をやり、椅子から立ち上がった。

「そろそろ帰る。舞に伝えとくよ、幸村が会いたがっとったって」
「そうしてくれるとありがたいな」
「きっと来るばい」
「そうだね、彼女は優しいから」

そうだ。舞は優しいのだ。
自動ドアを通り抜ける。
幸村の最後に見せたその微笑みは、今までのそれとは違い、確かに力強さを湛えていた。

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