見守っていた青い春

学校指定のジャージのジッパーを上げて、階段を駈け降りる。テニスコートの入り口に立って待っていた舞ちゃん、ミノリちゃんと目が合う。舞ちゃんが硬い表情で頷いた。ミノリちゃんが両耳に指で栓をするので、私は反射的にそれを真似る。そして、舞ちゃんは首にかけていたホイッスルをテニスコート側に向けて思いっきり吹いた。
突然の騒音はその場の空気を裂いた。
活気のあったテニス部員達は動きを止め、舞ちゃんの方へと視線を向けていた。
彼女は私に手招きをして隣に呼び寄せ、そして口を開いた。

「新しいマネージャーの」

舞ちゃんがそこまで言うと、テニス部の中でもとりわけ目立つ容姿の少年が、腕を組んだままやってきた。舞ちゃんの目の前に立ち、不機嫌そうな表情で彼女を見おろす。

「三矢八千代ちゃんでーすっよよよろしくにっ」

強ばった笑顔をつくり、舞ちゃんは私の後ろに隠れた。少年は、私の方をじっと見つめる。まるで品定めでもされているかのようだ。
私はというと、彼と目を合わせられずにいた。整いすぎた顔に対し、視線をどこにやればいいのか困り果てていたのだった。
重い沈黙に私が身を縮こまらせていると、相手は「結城、三矢、コートに入れ」と言い、きびすを返した。

「え、あたしは?」

舞ちゃんが私の後ろから顔を出し、「あたしはあたしは」と主張する。しかし彼は舞ちゃんの声を無視し、テニスコートの方へと優雅に歩いていく。

「行こ、八千代ちゃん」

ミノリちゃんはこちらを振り向いて手招きをした。呆然とした表情を浮かべる舞ちゃんを私は一瞥し、ミノリちゃんの後を追う。

スコアを付け、ドリンクを作り、洗濯をする。ボールを出す、拾う、アクタガワジロウを探す。
氷帝はテニス部の規模も大きく、マネージャーの仕事ももちろん多い。他にも部室の掃除や遠征の準備などあるそうだ。それにしても「アクタガワジロウ」とは誰なのだろうか。

「どう? 大体分かったかな」

教わったことを思い出しつつ復唱する。

「ポイントをとったらA、ネットにかかったらN、ダブルフォルトは……2f、かな」
「おしい、ダブルフォルトはwfだよ」
「あ、そっか」

艶のある前髪から覗く左目は、優しげに弧を描く。
柔らかく笑う人だなと思った。柔らかなその笑顔は、春にも秋にも似合いそうだ。夏は似合わないかもしれない。

「他にも記号は覚えなくちゃいけないんだけど、もうすこし慣れてからがいいかな。結城さんにでも尋ねてみるといいよ」
「ありがとうございます。……えっと」
「滝萩之助。好きなように呼んで」
「うん、ありがとう滝くん」

そして彼はあの笑顔を残し、その場を去った。
どちらかっていえば秋かなあ。

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