青春の屍を越えてゆけ

ドアノブを捻り、引く。
甘いにおいのするその部屋には先客がいた。切れ長の目と視線が合う。脱ぎかけたシャツから覗く腹筋が眩しい。

「やっべ部室間違えた。ハイ、チーズ」

切れ長の目の持ち主、もとい日吉は、カメラのボタンを押す手を止めないあたしの首根っこをつかんだ。そして引きずりながら部室を出て、向かいの部屋に放られる。

「あでっ!」

部屋が振動するほどの大きな音を置き土産に、日吉はシャツを翻し、扉を閉めていった。
荒々しく去っていった彼が珍しくて、あたしは床に座り込んでしまった。そんな私の耳元で、空気が弾ける。首を捻ると、いつもと変わらず、楽しそうに笑う友人の顔。

「あほ面。うける」

いつまでもニコニコとするミノリに苛立ちを覚え、「いつまで笑ってるんだ」とミノリの肩を軽く殴る。

「ごめんごめん」

謝ってるつもりだろうけど目が笑っているので、怒りだとか羞恥だとか、色々なものを込めてもう一度殴ってやった。するとミノリはすっと真面目な顔になって「ごめん」と一言。
静まり返る部屋が辛く、あたしは首にぶら下げていたカメラをミノリに突き出した。急に迫ってきた物体にミノリは一瞬身を引き、それがカメラであることを確認すると、それを覗き込んだ。

「見て、ベストショット」
「おお……窓からこぼれる麗らかな春の日差し、それに薄く影を映し出されつつ輝く、しなやかでいてしかし甘く未熟な腹筋に、普段はめったに見せない表情の日吉……ブリリアント!」
「あたしの写真1枚だけでそこまで描写しようとするのはミノリしかいない! さすが氷帝の光と影! 片方がいるからこそ片方が輝く!」
「うん、てかこれいっいっいいい一眼レフたい、一眼! レフレックス! カメラ! いつの間に買ったと? 今までスマホやったとに」
「ご贔屓にして下さるファンの方々にできるだけ高品質の商品をお送りしたいために、昨日買ってまいりました。おニューよっ」

「さすが舞さん」と白いハンカチを口元にあてながら大げさに感動してみせるミノリにドヤ顔を返す。

「てかミノリ休憩中?」
「うん、超疲れた。舞が遅れてくるけん」
「ごめん、想像以上に客が入ってさ」

客、というのはあたしが撮った氷帝テニス部の写真を買っていく者達のことである。最初はただの悪ふざけだったのが、それがあまりにも売れるものだから楽しくて仕方がなくなってしまった。レギュラー陣、特に跡部の人気は群を抜いている。さすがキング。

「毎度毎度思うとだけど、それってテニス部の許可を得て」
「シーッ!」





「あーまじだっる」
「200人を2人で回すとか無理あるよね、やっぱ」

2度目の休憩に入り、あたしとミノリはコート脇のベンチにどっかりと座り込んだ。
マネージャーとはいえどもやはり運動部、しかも部員数の多いテニス部なのでそれなりに疲れもする。流れる汗を拭うあたし達の元に、岳人と忍足がやってきた。

「おいお前ら大丈夫かよ……」
「無理、きつい」
「せやろなあ」

愚痴を吐き出すあたし達に忍足は相づちを打ち、岳人のタオルを拝借すると、それであたし達を扇いだ。

「あー忍足それ涼しーい(ちょっと汗くさいけど)」
「おいお前今何つった」
「というかそない言うんやったら誰か勧誘でもしてきたらどうなん?」

忍足の言葉に目を剥いて彼を見つめた。それが相当気味悪かったのか忍足は「どないしたん……」と引き気味に問う。

「勧誘いくぞミノリ!」
「オーケイマーク!」

2人向き合い、互いの拳を見せ合うと、あたし達は素早く立ち上がってテニスコートを走り去っていった。

「おいテメエらどこ行く気だ!」

跡部の怒鳴り声は、巻き上がった砂埃に消えた。

「なあ侑士、マークって誰だ?」
「さあ」

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