酸素があって水があって太陽があって、君が隣にいてやっと僕は生きていける

「暇ーい」
「なんねいきなり。てか今授業中」

両肘をつき、足をせわしなく揺らす舞に私は呆れ顔で言った。机が舞の貧乏揺すりによってがたがたと振動するが、既に黒板の字を写し終えている彼女にはどれだけ揺れようが関係のないことである。
舞は右手を頬から離すと、机を人差し指でつつき、不規則なリズムを立てる。

「あ痛っ」

突然の衝撃。椅子に浅く腰掛けていた舞はそこから派手に滑り落ちた。ついでに私の教材もつっぱねられる。
華麗に宙を舞う教科書やら鉛筆やらに、周囲から感嘆の声があがった。しかし、重力によりそれらは騒音をたてて床に叩きつけられる。沈黙が走った。

「久保……!」

舞は後ろを睨めつけた。自然と皆の視線もそちらに向けられる。普段へらへらしている彼女の声のトーンが幾分低いので、教師も授業を中断し、興味ありげに彼女を見つめている。
そして目の前の女子に怒りを向けられている久保という少年は、細身のシャープペンシルを器用に回しながら舞を見おろしていた。

「なにすんの」
「そんなことより顎大丈夫か? 割れてたりするんじゃね」
「うそ!」
「保健室行ったがいいって」
「あっ、ありがとう久保くん」
「話そらされとるばい、舞。そんでもって私の教科書たちが」
「ミノリうるさい!」

忠告したつもりが怒鳴られてしまう。なんで。
落ち込む私など見えていないかのように、舞はひたすらに自分の顎を心配していた。そしてそこで授業の終了を告げるチャイムが鳴った。「起立」と号令がかかる。
私は何とも言えないような表情を浮かべながら椅子から立ち上がった。舞も顎をしきりに触りながら、ゆっくりと立ち上がる。



「……何だろうこの状況」

2年C組。ここの担任の小林先生に用があり、私は扉を開けた。
まず目に飛び込んできたのは、小林先生ではなく、顎をさする舞ちゃん。舞ちゃんは私に気づくと、そばでたむろしている女子をかき分け、全速力でかけてきた。
私の目の前まで来て舞ちゃんはぴたりと止まった。彼女の持ってきた風が私の前髪を後方へとなびかせる。

「八千代ちゃん!」
「は、はいっ」
「私の顎、どう? やばい? 割れてない?」

そう言い、首をめいっぱいに伸ばして自身の顎を見せられる。
少し赤くなってはいるものの、とくに異常は見られない。
「どう、どう」と彼女は顎を様々な角度で見せてくる。

「おっ、八千代ちゃん。何しとっと?」
「あ、いや、小林先生に……」
「ミノリ! 顎どうなってる?」
「顎?」

舞ちゃんが、廊下から現れたミノリちゃんの方へと首を伸ばす。ミノリちゃんはそれを見て血相を変えた。そして早口でまくしたてる。

「やばい舞、まじやばい」
「まじでか、やばいか、ちょっ保健室行ってくるわ!」

ミノリちゃんは舞ちゃんを教室から引っ張りだし、階段のある方へ力いっぱい押す。舞ちゃんは敬礼をしてダッシュで走っていった。ミノリちゃんは手を2度振って見送り、そして私へと視線を移す。

「面倒くさかと思うばってん、そがん時は正直に言ってよかけん、ね」

私が頷くと、ミノリちゃんは満足気に笑顔を向けて教室の中央にある椅子に座り、そして真後ろの席に座る男子と会話を始めた。
数秒固まった後に本来の目的を思いだし、私は教卓の方へと歩み寄った。

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