1周年リク
プラリネクリームで燻って
製菓会社の思惑にまんまと乗せられて毎年のようにチョコづくりを行うのは2月も半ばの話。友チョコはだいたいそこで交換しちゃうから、翌月に訪れるホワイトデーには何にも期待することはなかったんだけど…

「んふふ。ホワイトデーにお姉さまを独り占めしちゃうなんて伊代ってば罪作りな女…!」
「普通に予定空いてただけだよ伊代ちゃん」

年々加速していくバレンタインとホワイトデー商戦のおかげなのかどこのお店でもイベント仕様で賑わってる。二人で学校帰りに歩いているのはカフェが乱立するスイーツ激戦区。制服姿でここを歩くのが珍しいのか、通りすがる人たちにちらちらと視線が送られてきた。それもそのはずで、ここは他と比べてちょっぴり値の張るお店が並んでる通りだった。そりゃー学校帰りにちょっと寄り道するようなとこじゃないよね。夏目さんたちも誘ってみたけど、少し引き気味に断られた。まるで普段から通ってるみたいな扱いだけどそんなことはない。ちがうよって言っても信じてもらえなかったからあんまり反論しなかったけど、これはご褒美なの。なんのご褒美かって?……まあ、とにかくご褒美はご褒美だから。

「お姉さま、最初はどこに行きます〜?」
「わたしはね、今日はとってもココアが飲みたいの」
「ココア!でしたらそこの角を曲がった先にショコラトリーがあるみたいです」
「でかした伊代ちゃん。早速そこに行こう!」

チョコレート専門店のココアは美味しい。何か所も行ったことあるわけじゃないけど、大体のところは美味しい物が置いてある気がする。伊代ちゃんと出かけると伊代ちゃんがお店をいっぱい調べてくれるからとても楽ちん。今日もいくつかピックアップしてくれてるみたいで、スマホを見つめて嬉しそうに笑ってる。

「見えましたよ、お姉さま!」

わたしの手をとってぐんぐん進み始める伊代ちゃんに足が大股開きになる。ちょっ、待って待ってわたしとあなたの足の長さの違いを思い出して伊代ちゃん!ガラス張りで白い華奢な装飾が施されているその店は、細い路地の端にひっそりと綺麗に佇んでいた。

「わあ。すてき〜!お姉さま、とっても可愛いですね」
「うん……すっごく可愛いお店だね!」

外から見える、店内に並んだチョコレートたち。まるで夢の中にいるみたいな雰囲気のそこへドアを開いて入ってく。本当に素敵。絵本の中みたい……!にこにこ笑う伊代ちゃんとお店に入って、ぐるりと中を見回したその時。視界の端にいるとある人と目が合った。

「……ど、どうも……」

真っ赤にコーティングされたハートを口に入れようとしていたその人は顔を真っ赤にしてもじもじしてる。大方わたしの隣りのこの子に照れてるんだろうけど、

「めっ、メビ、メビウス様っ……!」
「メビウス?!」
「あー、ハイハイ優山さんね、吉田優山さん」

出会いに身を震わせている伊代ちゃんまで真っ赤で、こりゃどうしたものかと思っていると店員さんが優山さんと相席になるようにセッティングし始めてた。いいのかな、相席なんて。本人に了承を得る必要があると思うんだけど。まあ、いっか。何とも奇妙なやりとりをしている二人を放っておいて、ホットココアを二つ注文する。それとココアにあうお勧めのものをいくつか頼んでおいた。オレンジピールにミントリキュール…大人っぽい味ですよ、と勧める店員さんの言葉を鵜呑みにしてそれにした。専門的なことはどうせわかんないからお勧めされたので十分だよね。

「今さらですけど相席いいですか、吉田くんのお兄さん」
「えっ、もう座っちゃってるよね?」
「まあ。テーブルくっつけられちゃいましたしね」

優山さんにハートの光線を送っている伊代ちゃんの前に店員さんが運んできたホットココアが置かれる。「ああっ、お金!お姉さまお金!」と急に慌てだした伊代ちゃんの口にビターチョコレートをひとつ放り込む。想像以上に苦かったみたいであわあわと慌てている伊代ちゃんにぎょっとした優山さんが、ホットココアの入ったマグを伊代ちゃんに持たせようと必死になってる。この光景を賢二くんにぜひとも見せてあげたいくらい面白い。

「伊代ちゃん、ココアを飲めば平気だよ。零さないように優山さんから受け取って」
「っ……!とっても美味しい!」

嬉しそうに再びマグに口をつけた伊代ちゃんを見て優山さんがほっと胸をなでおろしている。伊代ちゃんは優山さんに妙な憧れを抱いているみたいだけど、優山さんからみたらやっぱり妹みたいな感じなのかな。実の弟とはあまり仲良くなさそうだから、兄妹って感じがあんまり想像できないけど。

「それにしても高校生がよくこんなところに来るね」
「ご褒美なんですよ。ねっ、お姉さま!」
「そうそう。ご褒美なんです」
「へー、何の?」
「何って…」
「うーん」
「それ別にご褒美でも何でもないよね??」

ご褒美だと思ったらご褒美なの。今日は奮発するって決めてたんだから。お勧めされたチョコレートをつまむと、優山さんがさっき食べようとしてたハートのチョコを思い出した。

「優山さんっていつも甘いの食べてますけど、見た目とか気にしないんですか?」
「え、気にする必要ある?」
「愚問でしたね…」

実際のところ見た目もいいから、優山さんがハートをいっぱい持っていようと気にならないかもしれない。ハート似合うでしょ?とわたしにウインクを決めてきた優山さんにやられてしまったのは優山さんのとなりに座る伊代ちゃんだった。おーい伊代ちゃん帰っておいでー。はうう、とよくわからない声を出したかと思えば伊代ちゃんが「ハート買ってきます!」と店頭へ駆けて行く。

「まあ、でも確かにさ、バレンタインとかホワイトデーが近づくといつもは何てことない形だったものが異常に愛を訴える形になるのは考え物だよね」
「異常にっていいすぎじゃないですか?」
「例えばこのハートのチョコレートなんだけどさ」
「はあ」
「いつもはひし形に近い形をしてるんだ。中身はプラリネクリームで、俺のお気に入りのひとつ」
「プラリネクリーム?」
「頭が良い子でもわかんないことってあるもんなんだなあ。今度調べてみなよ、調べるの得意でしょ」
「にやにやしないでくださいよ」

してないよ。とにっこり笑って、もうひとつ真っ赤なハートを口に放り込む。

「周りの人は見た目をとても大事にするね。だから僕の大好きなプラリネクリームは時々こうして真っ赤なハートに隠れてしまう。美味しさに直結するような見た目は好きだけど、見た目ありきのものは好きじゃないな」

チョコレートの話をしてるはずなのにとてもそうは聞こえない。何か遠いところを見つめてるような優山さん。一体なんの話をしてるつもりなんだろう。

「あの、優山さん、」
「ごめんね、変なこと話した。吉川さんはさーちょっと雫ちゃんに似てるからさー」
「……」
「えっ、なんでそんな急に氷点下?!」
「優山さま、それは地雷です。ササヤン先輩がそうおっしゃってました!」
「地雷?地雷ってどういうこと?!」

目の前にある温くなりはじめたココアを一気飲み。頼んだチョコは箱に包むように店員さんにお願いする。伊代ちゃんも慌ててココアを一気飲みしてる。ごめんね伊代ちゃん心が狭い先輩で申し訳ない。

「吉川さんごめんなさいっ」
「何への謝罪でしょーか」
「何ってさっきの雫ちゃんに似てるって──」
「足をかけたからには踏み抜こうって魂胆ですかそうですか」
「わああごめんよ吉川さん!おごる!なんでもおごるから!」

もの凄く反省してる雰囲気の優山さんを見て何だか気が抜けた。この人は、仲の良くない自分の弟の同級生を相手にどうしてこんな必死になってるんだろ。

「おごんなくてもいいです」
「いや、それでも何か申し訳ない…」
「代わりに、」
「?」
「見た目ありきじゃない、美味しい甘い物教えてください」

落ち込んでいる優山さんの表情がぱあっと明るくなった。

「もちろんだよ!」

誰にも言えることだけど、やっぱり笑ってる方がいいな。それにしても見た事のある笑い顔だったけど……あ、そっかこれ。

「(ザリガニ見つけた時の吉田くんの顔だ……)」
「どうしたの、吉川さん?」
「いえ、なんでも……」

言わないでおこうか。
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