徒野に咲く
  
答えはどのみち知っている

その赤い瞳が私の姿を捉えた時に僅かに緩んでいくのを知っている。

「先輩」

呼んだって昔は一瞥もくれなかったけど、今はちゃんと見てくれることも知っている。

「爆豪先輩」

ごめんね、好きになっちゃって。なんて何度目かわからない謝罪が口の中から零れそうになる。飲み込んだ仕草がどうしてもわざとらしくなってしまって、貴方はきっとそれすら気に入らないんだろうけど。

*

「チームアップの依頼」
「はあ」
「だから、来てンだろ。お前んとこにチームアップの依頼がよ!」
「……えーと?」

バン!とわかりやすく苛立った手がデスクに置かれた。反射でデスク上のノートパソコンを持ち上げた私を誰か褒めてほしいな。その手が勢いよく指差したのはデスク脇にある山。それはもう歪な姿で形成されたタワーはおそらくだけど私への何らかの手紙や書類たちだった。今どき紙なんてやってられるかと思う一方で、すべての取引先がそうだよね!ってノッてくれるわけもなく、紙でのやりとりは未だに現役だった。おかしいなあ。三日前に全部消したはずなんだけど?

「緊急性のあるものはメールでって社長に言ってます」
「そのメールは?」
「来てないですねぇ」

来てる?とメールの受信ボックスを開いた画面を相手に向ければ「なにを気軽に情報漏洩しとんだ!」と頭をはたかれた。いやまぁそうなんですけど。件名には"至急"や"すぐ見ろ"とかそんなのばっかりなので見られたところでって話。

「アタマ悪くなったらどーするんですか!」
「元から俺より悪ィだろ」
「自分を基準にするのそろそろやめません?」

あーやだやだこれだから学校で成績上位だった人間は。卒業して明確に学力を測定する場なんてほぼないんだから昔のことばっか話しててもしょうがないじゃん。

「俺はちゃんと半分頭に送ったぞ」
「ハンブンアタマなんて人はうちの事務所にいないもん」

そんな名前の人はいないけど、髪の毛の色が半々に分かれてる人はいる。パソコンよりスマホの方が早いので、パパっと連絡をとってみた。私にチームアップの依頼ってありましたか、っと……。客人を立たせたままなのも悪いので椅子でも持ってこようと思ったら、自分から適当な椅子を引っぱってきて私の正面にふんぞり返って座っていた。いいんだけど、勝手知ったるといった動きなのがちょっぴり気に入らない。ピン!と軽快な音を立てたスマホには『一昨日デスクに置いた』という簡潔な言葉のみ。

「おととい……?」

社長がこの部屋に一昨日来たのっていつだっけ。思いだそうとしても全然引っかからない。首を傾げているだけで探そうともしないのは、私の代わりに目の前のこの人が山の中腹に手を差し込んで探し始めたからだった。

「ウチの事務所の封筒があるか見てるだけだからな」
「……べつに何か盗んだりするとは思ってないですよ?」
「お前はちったァ警戒しろや」

ぺし、と額に当てられたのは黒を基調に橙色が差し色で入っている封筒。あて先は間違いなくうちの事務所で、丁寧にペーパーナイフで開封済みだった。

「3日毎に処理する癖なんとかなんねーのかよ」
「なんとかならないのを見越して来てくれる人がいる限りはなんないですねぇ」

中から取り出したのはチームアップ依頼と書かれたよくある書類のコピー。確かにうちの社長のサインがしてあった。依頼元は目の前で腕をくんで座っている。他にも見慣れた人たちの名前が連なっていて、案件の内容的に私が必要かどうかで言うと微妙なところ。けど、まあ……

「……で?やんだろ、吉川」
「もちろんですよ、爆豪先輩」

わざわざご指名して頂けるんならもちろんやりますよ。

答えはどのみち知っている



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