箱庭に錠をかける人
端から逃げきれるとは思っちゃいなかったけれども。

「まさか1週間ももたないとは思いもよらない……」
「最初に言う言葉がそれなわけ?」

真っ黒な制服でグラサンデビューを果たした悟様は毎日飽きもせずに送ってくる自撮りと寸分違わぬ姿でそこにいた。そこがどこか?まあ、私の通う大学構内なんですけど。

「他に言っときたいことは?」
「友達とか言い包めるの面倒なのでとりあえず一緒に帰りましょ、悟様」
「じゃあ紗希乃がひとり暮らししてるっていう家連れてって」
「無理かなぁ」
「オイ」

一般校に通って普通にその辺の大学に進学していた私は、悟様が高専入りするのに合わせてひとり暮らしをし始めた。やってみたかったってのもある。本当はご当主からこれを機に悟様と距離を置くように言われたからだった。寮に入るったって任務で外に出られるしわがまま放題のこの人が私のところに来ないわけがないんだよな、なんてぼんやり考えながら悟様の隣りを歩く。自意識過剰ですか?否定はしないね。私は悟様に使える側のひとりで、悟様に気に入られている自覚があるので想像できただけのこと。昨日の夜に作りすぎたシチューがあるけど、今日は実家に帰ったほうがいいかな。ひとり暮らしの家がバレたらきっと悟様が入り浸る未来が見える。

「補助監督の人はどうしたんです?」
「置いてきた」
「置いてくるなよ……」
「だって任務は終わったし」
「報告書は書いたんですか」
「んなもん適当に書きゃすぐ終わる」
「だったら終わらせてから来てくださいよ」
「……来ていーの?」
「どうせ、来るなって言ったって来るでしょう?」
「俺のことやっぱよくわかってんじゃん」

まるで年下の子にするみたいに私の頭をワッシャワシャ撫でる悟様の手を払おうとするけど、まるで当たらない。術式上当たり前なんだけども、ただ見えるだけで簡単な式神が使える程度の私からすれば不思議でしょうがない。せっかく綺麗に巻いた髪が夕方までキープできたのに!どうせ当たらないなら持ってる物全部投げつけてやろうか。なんて使用人の分際で内心喚いてみる。まあ、使用人と言う名の姉弟に近いから言ったところで悟様が不機嫌になるだけだけど。

「前までこんな髪してなかったのに」
「大学が近くなったんで時間に余裕ができました」
「フーン?」
「あ、近いって言っちゃった」
「近くねぇと引っ越した意味ねーだろ」
「それもそうか」

悟様はとなりで歩きながら巻きが緩くなった私の毛先をいじっている。ふんふんなるほど確かに。ということは、悟様は私が近いところから通いたくて引っ越したと思っているわけか。こんな大学の中途半端な学年で?

「……私が悟様と離れたくて一人暮らし始めたとかは考えないの?」
「は?マジで言ってる?」
「単純な疑問です」

まるくて黒いサングラスがとっても似合うくらい顔が歪んでる。キレ顔とサングラスってもはやセット商品だよね、なんて思いつつ足は止めない。あそこの横断歩道はこのタイミングで渡り切らないと学生が溜まって悪目立ちしてしまうから一気に進みたかった。それなのに私よりも足の長い悟様の姿が隣りから消えた。急に立ち止まったみたい。ほらほら、ただでさえ目立つんですからそのあんよはちゃんと動かしてくださいな。

「紗希乃が俺のこと嫌いになるわけがないじゃん」

立ち止まったまま、言葉の強さの割に面白くなさそうな顔をぶらさげてる姿はまだまだ少年の面影を残していた。

「ふっ、あはは!この自意識過剰さはなんなんですかね、生まれ持ったものじゃないとあまりにも根深すぎる!」

そしてそれを嬉しく思ってしまう私も何だかんだとイカれているのかもしれない。
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