箱庭に錠をかける人
「紗希乃ちゃん、弟また来てるよ」
「あー、ウン。そーだねぇ……」

真っ白な子が裏門のところに立っている。中学校に入って数日のぎこちなさが未だそこら中に浮かんでる状況だっていうのに、噂は簡単に広まってしまうんだなあ、なんて他人事みたいに考えた。実は他人事じゃない。そう、だいぶ他人事じゃない。ちらちらと裏門の端に見える白はよく見知った白だった。弟じゃあないんだけど、家のことを説明するのはちょっと大変だから小学生の頃から適当にごまかしてきた。だから周りから悟様は私の弟って認識をされている。年的に言うと間違いでもないし、主従関係です、と言ったところで呪術界隈以外の人間からしたら変なことを言ってるってきっと言われるもんね。お昼のチャイムが鳴って、バッグに入れたお弁当箱を引っ掴んで走り出す。

「紗希乃!」

私が裏門に着く頃には悟様は中学校の敷地内に侵入済みだった。黒いランドセルを背負った悟様はそれはもうわかりやすく不機嫌だった。肩に乗った葉っぱを払ってやると、触るなとちょっと逃げ出す。その割に、私の隣りに並んであっちに行こう。こっちに行こうと制服の袖を引っぱっていく。

「そっちは嫌です」

正式な手続きを踏んでないので隠れる必要はあるけれど、だからと言って危ない方に行く必要はまったくない。悟様が行こうとしていたのは、校舎裏にある今は使われていない外用のトイレの近く。いかにもなその場所は目を合わせない方がいいやつが何体かいる。

「オレがいたら来ないよ」
「知ってます。でも嫌」
「オレ、あれくらいなら祓える」
「わかってます。だけど嫌」

だったらどこがいいんだ。と悟様は拗ねるけど、そもそも貴方が中学まで追っかけてこなかったらこんな場所に悩む必要もないわけで。小学1年生の給食を食べたら帰る時間割が終わるのはもうちょっとだからそれまでの辛抱なんだけど、3年間通い続けるつもりのここに居辛くなるような状況は避けたいところ。風通しが良くて、あいつらも少なく溜まりにくいところ……。閉鎖された外トイレとは真反対にある大きな桜の木の裏がいくらかマシだったからそっちに行くことにした。

「たまごやきちょうだい」
「これ私の。悟様給食食べて来たでしょ。献立表見てうらやましかったんですよ。学校のシチュー大好きだったもん」
「へんなブロッコリーがまずいじゃん」
「変なブロッコリー?そんなの入ってる?」
「しろいやつ」
「それカリフラワーでは?」
「どっちもまずいからオレは食べないし」

まずいから食べない。そう言うってことは本当に食べてなさそうだ。しょうがない一個だけですよ。そう言って悟様の口に甘い卵焼きを運ぶのは何だかんだ毎日続いてて、卵焼きは毎日ふたつ入ってるのに私はひとつしか食べてない。

「悟様、来週から小学校の授業が増えるのでもうここには来れないですね」
「なんで?なんで増えんの?」
「なんでって……そもそも1年生が短いだけで元々長いんですけど」
「紗希乃はオレがくるのイヤなの?」
「友達を増やしやすい時期にこうして悟様に時間を取られてるのは正直この野郎って思ってます」
「なんだよ。オレより他のやつの方がいいって言うのかよ!」
「まあ悟様みたく我儘言わないし……」
「なっ、……紗希乃なんかもう知らない!勝手に呪霊にくわれろ!」
「冗談ですって」

走ってどっかに行きそうな悟様のパーカーのフードを掴む。そりゃもうわかりやすく、ぐえ、と鳴いた悟様の口にプチトマトを突っ込んだ。キレイな顔が不機嫌さを隠さないままもぐもぐ口を動かしている。

「悟様。学校みたく別々のとこにいなくちゃいけない時もあります。それはしょうがないって、他の使用人も私も昔からずっと言ってますよ」
「……だって、オレも小学生になったのに」
「ん?」
「紗希乃とおなじ小学生になったのに、紗希乃は小学校から出てくから」
「もしかして、悟様がいやだから中学に来たと思ってます?」
「ちがうのかよ」
「っははは!ちがいますよぉ、そんなの、っふふ、一緒に小学生してていいならまだ小学校がよかったです」

給食だってあるし、同じ建物に通うなら悟様の心配も少ないだろうし。……近いと近いで面倒かな?まあでも、もしそうだったら悟様を見守りながら小学校を楽しめたのかもしれない。

「なんだよバカにしてるのか!」
「ふふ、ううん、うれしいです。私も悟様と小学校に通いたかったなあ」
「じゃあ小学校に来いよ」
「できないんですよねこれがね。悟様が生まれた頃の私がどんなだったか知ってます?」
「しらない」
「今の悟様みたくランドセルしょって、お母さんの言うことなんか守んないで、そりゃもうペラペラ喋ってました」

それだけ年が離れてるってことを悟様はまだあんまりわかってない。悟様が中学に上がる頃には私は中学生ではないし、高校だって被らなければ大学に行ったとしても被らない。改めて考えるとずいぶん歳が遠いもんだ。

「大丈夫ですよ。紗希乃は悟様を嫌いにはならないので、一緒にいれる時はちゃんと一緒にいます」
「ほんとか?」
「ほんとです。そのために部活も帰宅部にするんです」
「ブカツってなに?」
「えーと、授業じゃない集まりっていうか」
「じゅぎょうじゃねーのにまだ学校いんの?」
「そうなんですよねぇ。みんな学校好きすぎですよねぇ」
「じゃあすぐ帰ってくる?」
「もちろん。一緒に宿題しましょ」
「宿題はやだ!」
「宿題くらいやってもらわないと私が怒られます」
「オレのやってよ」
「ずっる!なんで悟様はずるいことそんなすぐに思いつくの?」
「だって宿題なんかしなくてもオレ困んないもん」
「そりゃまーたしかにその眼と術式あったらそうですけど」
「トイレのやつ祓うならやるよ」
「今はだめです。帳おろせる人がいないですもん」
「いーじゃん」
「だめ」
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