箱庭に錠をかける人
「だーかーらァ!紗希乃が補助監督になれば問題ないじゃん」
「問題大有りでーす。さっさと課題を終わらせましょ悟様」
「俺が高専行ったらお前どーすんの」
「どうするも大学はまだありますし、手が空いた所は母の手伝いでもしますよ」
「お前の母ちゃん手伝いなんかいらねぇじゃん」
「必要になってからでは遅いので」
「俺も必要になってからじゃ遅いんだけど?」
「悟様が必要に……?」
「そこ悩むとこなわけ?!」

天使は天使のままではありませんでした。なんてこと。堕天使とまではいかないけれど、まあまあそこそこ大分結構クソなお子様に成長した悟様のお相手をするのも一苦労です。時が経つのは早いもので私も成人するし、来春には悟様は高専に入学する年になる。相変わらず顔は可愛い。今も綺麗な目は変わってないし、顔も整っていた。だからこそクソガキ加減が憎たらしいわけ。そりゃ色んな術師から目ぇつけられるよな〜とパピコを食べながら思う。片割れのパピコは悟様が食べていて、イライラしながらチューブを咥える姿はまだまだお子ちゃまだった。昔から私のおやつの半分は悟様の胃の中行きだ。兄がいるのに兄と何かを分けた覚えがあんまりない。お菓子も、時間も、悟様と共有していることの方が多かった。年は離れていても、使用人としてお目付け役としてずっと彼のそばに居た。

「高専ではとても必要とされますよ。というか、この界隈で貴方が必要とされていない時なんて既にないでしょうに」
「そういうんじゃないのわかんない?」
「わからんです。もう十分に必要とされてるのにまだ足りないとは欲張りだなとしか」
「おっ前ほんとによく言う」
「我儘を尽くしてきた貴方には負けます」

パピコの残りが吸い口からあふれ出そうになるギリギリの所まで握りしめている悟様。それで零したらもったいないですよ。ええっと、ティッシュティッシュ……。すこし離れたところにあるティッシュの箱に伸ばした手が、何故か悟様にとられた。

「俺と離れるの寂しくないわけ」

綺麗な水色がこちらを覗き込むように見つめてくる。中学生になって、だんだんと背が伸びてきた悟様の身長は留まることを未だ知らない。見上げなくてはならなくなり始めた今日この頃は、こうやって覗き込まれることも増えてきた。

「寂しいからって引き止めないし、付いてもいきませんよ」
「……寂しいんだ?」
「そりゃあパピコを分ける相手がいなくなるのは寂しいでしょう」
「兄貴にあげりゃいーじゃん」
「とっくに結婚して出ていった人にパピコをあげに行かないでーす」
「そうだっけ。まだ家居ると思ってた」
「何年前の話?その、弱いか弱くないかで人を覚える癖直さないと高専に行ってから大変ですよ」
「俺より強いのなんていないし」
「忘れて仲間と呪詛師を見間違えないでくださいね」

約束できないかも、とヘラリと笑うから本当に悪い人だと思う。なんでこんな子に育った……いや、思ったよりいい子か……?幼い頃の大人たちの渦巻く喧噪を思い浮かべると、そこまでひどい状況でもないのかも。とひとり納得する。覗き込むのをやめた悟様は残りのパピコを一気に食べきった。最早、液体をただただ飲み込むだけ。

「きっと貴方が思う何倍もずっと高専での生活は楽しいものになると思いますよ」

私は高専ではなく一般校に行ったけれど高校生活は楽しかった。だから、悟様も同じ世界を見ている人間しかいない環境に行けばきっと楽しめる相手が現れると思う。高専は寮生活だから悟様に頻繁に会うことはなくなるのは確かに寂しいけれど、しょうがない。

「そういう年上ぶるとこイヤ」
「事実年上ですしねぇ。もうすぐお酒も飲めます」
「変な店行くなよ」
「変な店?」
「紗希乃は取って食われそう」
「呪霊の住みついてそうな所には極力近づきませんのでお気遣いなく」
「そういう意味じゃないんだけど」

私もドロドロに溶けたパピコを口の中に流し込む。風鈴の鳴る音が響いた。ああ、この人と過ごす夏もこれが最後か。残りの課題に再度手を伸ばし始めた悟様を見ながら思い馳せる。長いようで短い間だった。いつまでも可愛い子。ちょっぴり憎たらしい子。大変な道に進む心配な子。悟様に対する複雑な感情はひとつにまとめきれないものだ。

「寂しくて寂しくてしょうがなくなるよ」
「は?」
「悟様がね」

ウソ。私の方が。

「俺は最初から寂しいって言ってんじゃん!」
「フフ。そうですね」

これ以上言ってなんかやらないけどね。
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