月夜の晩こそ

あの日のできごと

設問1、次の問いに適した回答をせよ。

「いつか同じように好きになってもらえるように、頑張らせてくれないか?」

チッチッチッチッ……ブー!時間切れ!残念でした、またの機会をお待ちください。……とはならないんだわ。人生そこまで甘くない。そこで何かしらアクションを起こせる人間であったなら、現在こうして犬の毛がたっぷりついたクッションに顔を押し付けて呻きまわってなんかなかった。うわああ!と叫ぶ私の声はクッションに吸われて響き渡りはしないけど、愛犬の興味をそそる程度にはフゴフゴ音を立てていた。転がって腹を撫でろと要求してくるマロのとなりにしゃがんで、それはもう一心不乱に撫でまわした。

「マロちゃん聞いてくれる?私さぁ、あんなさぁ、あきらか口説かれてる台詞言われてさぁ、何にも返せなかったの」
「わふっ」
「わかる?!いいよって言える?!いいよって何?!なんて答えるのが正解だったのか教えてよボーダー!!」
「ヴァッ」
「撫でるの止めてスミマセン」

うちの犬こわ……。手を止めることを許されずにひたすら動かしている間も頭に浮かぶのは彼の顔。いや、そもそもの話いつどこでそうなった?私に好意がある前提で思い返すと、わりと出会い頭から距離が近めだった気がする。

「そういえば……あの散歩のとき、私の名前もう知ってたよね」

えっ、いや散歩に行くとは言ってない。思い返していただけで今から行くとは「ワフ!!」くっ……わかったよ〜〜行けばいいんでしょ行けば〜!

*

「今日は絶対に遠出しないからね!」

私の言葉を分かってるのかしらないけど、気のいい返事だけ残してマロはぐんぐん進んでいく。走られたら私の体力が持たないからできるかぎりリードを引っぱりながら愛犬の後ろをついていった。このまま真っすぐ進んでしまうと警戒区域に近づいてしまうから、できれば次の曲がり角で曲がりたいところ……

「あ、この前のワンコ」
「……あれ?この前のお姉さん……女子高生だったの?!」

マロがクンクン鳴きながら擦り寄って行った先には一人の女子高生。制服姿の彼女はあの晩に私を家まで送り届けてくれたボーダー隊員の一人だった。熊谷さんというらしく、あの夜に一緒に防衛任務をしてたもう一人の子の家に行った帰りなんだそう。お散歩に付き合ってくれるらしく、可愛い女の子が増えてマロも嬉しいのかいつも以上に振り返ってはワフワフ喋ってた。

「そういえば吉川さん、あれからどうなりました?」
「そうそう、私、トリガー研究所入ったよ!」
「えっ」
「あ、もしかしてもう聞いてたり」
「……それだけ?」
「それだけって?」
「ほら、嵐山さんとか嵐山さんとか嵐山さんとか……!」
「ねえ、待って何をどれくらい知ってる?!?!」

これは事情聴取が必要なやつ!熊谷さん改め、熊谷ちゃんは途端にソワソワし始めて、「恋バナ…玲に報告……」とブツブツ呟いてる。全部聞こえてるからね?!とりあえず道端で騒いでるわけにもいかず公園へ行くことにした。マロちゃんや、公園行きにはしゃいでるところ悪いけど今日はボールも何も持って来てないからごめんね。公園のベンチにマロを抱き上げて座った。モゾモゾと動いて降りようとしていたけれど、首元をワシャワシャしてやれば気持ちよさそうにして膝の上で横になっている。

「あの夜、嵐山隊と那須隊が防衛任務だったんです」
「ふむ……あれだよね、合同で警戒区域の見回りと近界民退治するやつ」
「そうです。混合部隊じゃない時はふたつの隊でざっくり分担するんですけど、吉川さんがいたところは境目に近いとはいえ、うちの隊の管轄だったんです」
「近界民倒してたの嵐山くんじゃなかった?」
「近界民の出現ポイントはうちの隊側だったので向かってたんですけど、嵐山さんが急に「俺が行く」って言いだして」
「……まあ、近くにいたのかな」
「ちなみに防衛任務前に迅さん…ってわかります?玉狛支部の人なんですけど」
「わかるわかる。私は彼をゆるしてない」
「またあの人お尻触ったんですか!!」
「お尻?!触られてないけど?!」
「えっ、じゃああの人なにかしたの?」
「……私を騙して嵐山くんに差し出した」
「え?騙し?どういうことですか?」
「嵐山くんの雑誌の、嵐山くんのページの感想を求められて……誰もいないと思って思うまま答えてたら後ろに本人呼びつけてたんだよ無理」
「……吉川さんって、」
「うん……?」
「嵐山さんとどうなってるの?」
「聞いてよ熊谷ちゃん〜〜〜〜〜!」

なんか知らないけど出会い頭から名前を知られてたこと、なんか知らないけど学内ボランティアでお近づきになって焼肉いったこと、なんか知らないけどトリガー研究所の一人になったこと、そして最後の最後に告白されて私はどうしたもんかと一人項垂れてることを一気に話した。話が進むにつれて、熊谷ちゃんが手に汗握りきゃあきゃあとスマホを握りしめていた。フリック入力が早い。え?那須ちゃんからテレビ電話?スピーカーにする?いいけど、

『吉川さんは嵐山さんのことどう思ってます?』
「えっ、本人にすら言ってないのにここで……?」
『嵐山さん、たぶん吉川さんのこととても大事にしてると思うんです』
「う、」
「さっき言いそびれたんだけど、迅さんが嵐山さんの手伝いは本人が呼ぶまで行かなくていいって言ってんですよ」
『きっと、吉川さんのことを助けに行くから嵐山さんが動くまでそっとしておいてほしかったんだと思います』
「いつもだったら救護班とか、本部の人に任せて送って行ったりとかはしないけど、あの日は送ってあげてほしいって言われて。これは何かあるなって玲と話してたんです」
『後からどうしたのか質問したら、あっさり答えられちゃって、録音しておけばよかったって思ったくらい』
「ね〜、あれは録音しておかなかったの損したよね」
『「本人にもまだ秘密なんだが、大切にしたいと思っている人なんだ」ってはにかみながら言われたらもう、』

ね〜!と声を揃えて笑う2人の顔が見れなかった。好きと言われて、大切にしたいと思っていると言われて悪い気がしないのはみんなそうだろう。ただ、それが今まで自分がファンとして見てきた人で、何なら人気者で。

「私が好きって言うのおこがましくない……?」
「ないない!ていうかそこまで好きって言わせてるとこで止めてるのが逆にすごい」
「うっ、」
『でも、嵐山さんは頑張るって言ってたんですよね?』
「うん……なんか……好きになってもらえるように頑張るって……」
「もうすでに陥落手前なのにね」
『ふふ。楽しみにしてるので今度女子会でもしましょう、吉川さん』
「私が慌てふためくところを楽しむ会ってことね」
『どうでしょう。皆の人気者が一人の男の人として頑張る姿を楽しむ会かもしれませんよ?』
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