月夜の晩こそ

つながる手のひら

「研究所に入る用のトリガーを用意してもらったんだ」

連行よろしく手を引かれてやってきたトリガー研究所。嵐山くんから手渡された白っぽい不思議な物がどうやら"トリガー"と呼ばれるものらしい。……ふーん、本来はボーダーの隊員が仕事の時に使うものだけど、別の用途でも使われていて、これは非戦闘員向けのものだと。

「私が研究所に入るかどうかまだ返事聞いてないのに作っちゃってたんだ……?」
「ん?作っていいんじゃないかって迅が言ってたからな」
「迅くんはボーダーの中で人事とかそういう部署で働いてるの?」
「いや、全然!」

じゃあなぜ迅くんの許可を得たんだ嵐山くんよ。とりあえず、受け取ったトリガーは鍵というかICチップの入った入館証みたいな位置づけらしい。……鍵を渡されるってなんかドキドキするのは私の脳内がどうにもお花畑すぎるね??家の鍵じゃあるまいし!と頭を振って邪念を弾く。

「トリガーは入ってすぐのここにかざして、……どうかしたか?」
「なんでも!ないです!」

*

「ここから先は入隊した正隊員のトリガーじゃないと入れないんだ」
「本部職員と、エンジニアと、戦闘員にオペレーターだね」
「さすが吉川さん、覚えが早いな」
「スムーズに案内してくれる嵐山くんのおかげだよ」

本拠地はあくまでボーダーの本部だからここはあまり人が多くないみたい。ここで研究した成果を本部に持って行くことはあるそうだけど、電子化したデータを送れば済んじゃう話だろうしボーダー隊員ではない私は特に行くことはなさそう。偉い人がいるところって緊張しちゃうから行きたくないんだよね……。

「私が入れるのはこの前いた部屋と、第1研究室と第2研究室が主かな」
「そうなるな。ボーダー外の生徒は補助研究員っていう位置づけだから、簡単な手伝いをしてもらう形になるんだ」
「それで報酬として単位がもらえると」
「ああ。それにボーダーが気に入ってそのまま就職する人もいるくらいだからインターンみたいな面もあるぞ」
「えっ、そのまま就職できるの?」
「本部の研究員になった人もいるし、ボーダーと懇意にしてる企業に就職した人もいるよ」

これってもしかして……私、将来安泰コースに足を踏み入れているのでは?ボーダーに就職したいわけじゃないけど、自分でゼロから探すよりも格段に安全な道がいくつもあるわけだ。就活はまだ先だから将来なんてぼんやりとしか考えてなかったけど、急になにやら目の前に道ができ始めた。内心びっくりしてる。というか、嵐山くんとちゃんと出会ってから驚きっぱなし。そもそもなんで私が誘われたんだ??簡単なバイトやって単位も貰える上に将来の就職に役立つかもしれませんなんて皆入りたいじゃん。そうだよ新学期といえばトリガー研究所の見学とかあるくらいなんだもん、人気に決まってる。なのに私なんて誘ってよかったの?もっと他に有能な人いないの?

「……私、研究所入って大丈夫……?」
「大丈夫だけど、何か心配か?」
「だってさ、ボーダーって言ったら三門の顔でしょ。それの手伝いって言ったら皆やりたがるじゃない。なのに私でいいのかな〜なんて思ってしまうと言いますか」
「俺が吉川さんに手伝ってほしくてお願いしたんだけど、負担だった?」
「負担というわけじゃないよ!それはちがう!」
「なら、今学期だけでもいいからやってくれないか?嫌になったら辞めてもいいから」
「わ、わかった」
「他の人に何か言われたら俺がしつこくてどうしてもって言うからって言っていいぞ」
「うん……?」

はたしてそれを周りは信じるかなあ。嵐山くん、もっと自分の影響力考えた方がいいよ。別にしつこく言われたわけじゃないし、そんなことしないだろうなって皆思うよ。ゆるく頷いてみせた私に対して、嵐山くんがじっと見つめてくる。急に真剣な顔で見つめられてぎくりとした。いつも笑顔でにこやかなイメージだった嵐山くんが、一瞬ちがう人に見える。いや、ちがう人も何も私は嵐山くんの何も知らないのにそんなこと言うのは失礼すぎるか。思えば、繋がれたままだった手のひらがぎゅうぎゅうに締めつけられてる。嵐山くんがこんな、力いっぱい手を繋いだりするなんて私は今の今まで知らなかったわけだ。半ば一方的に目に入る機会が多かったせいで、嵐山くんに対して勝手なイメージを周りも私もたくさん持ってるのかもしれない。ひとつずつ知っていけたら偏見もなくなっていくのかな。

「嵐山くん、誘ってくれてありがとう。変に心配して中途半端にならないように、ボーダーのことも嵐山くんのこともちゃんと知っていけるように私がんばるね!」
「ああ!!」
「ぎゃっ」

だから!ちょっと、力が……!力がつよいんです嵐山くん!!私の潰れたカエルのような声に驚いた嵐山くんが慌てて力をゆるめたところで手を引っこ抜いた。手のひらがもげるかと思っ、

「すまない、加減ができてなかった……」
「あー、うん……?」

またしても人質のように攫われていく私の手のひら。そっと触れてくる嵐山くんの体温がやけにあつく感じる。……そういや、もう怖い顔してないね。なんていうか、照れてる顔っていうか……。

「これからよろしく頼むよ、吉川さん」

え、ほんとに、照れてるの?
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