しゅんさん

「お姉さまあああああ」
「伊代ちゃーん。痛いよー」

まるで犬のように飛びついてきて離れない伊代ちゃん。ほんと犬みたい。わしゃわしゃと頭を撫でてあげたら、嬉しそうに擦り寄って来た。かわいいなあ。

「背、のびた?」
「ほんの少しですけどね。お姉さまこそ、思ったより髪の毛短くない!」

吉田くんの撮った写真はやっぱり向こうのみんなでシェアされていたらしい。なんてことだ、わたしすら持っていない自分の姿が複数人に所持されているなんて……。

「だってお姉さまチャット誘ったのに入ってくれないんですもの」
「時差があるじゃん時差が〜」
「あさ子先輩なんてお姉さまとお話できるなら寝ずに参加すると思いますよ」
「だからやんないんだよ」
「まあハル先輩が国外参加してるので、お姉さまの配慮も虚しくあさ子先輩は夜更かし常習犯です!」
「だからと言って今さらやらないからね」

どのみちあと少しで帰るんだからわざわざ参加しなくてもいいや。ぶーぶーとわざとらしくブーイングをしている伊代ちゃんは、日本からのお土産だと言って色んなお菓子を持ってきた。後で一緒に食べましょう、とくすくす笑う。なんだか昔を思い出すなあ。高校受験の前は今と同じくらい伊代ちゃんとは全然遊べなくって、寂しがった伊代ちゃんがお菓子を持ってこっそり遊びに来たっけ。一緒に遊ぶのがどこかにお出かけすることばかりになってきたその頃に「おやつを食べにきたんです」と、幼等部や初等部の頃のように来てくれたのが嬉しかったのを覚えてる。

「ありがとう伊代ちゃん」
「ふふ、伊代がしたいことを勝手にしてるだけですよ」

*

吉田くんが国外に行くことになった経緯や、それに関する夏目さんの抗議運動の話だったり。三バカくんの相変わらずの様子だったり、わたしがいなくなってからの向こうのみんなの話を伊代ちゃんは喜んで話してくれた。近くにある公園のベンチで一緒に並んでずーっとお話をしては、飲み物と食べ物を買いに少し歩いて買い物に行ったりした。ショッピングとかに行かなくてもいいの、と尋ねても。「お姉さまに会いに来たんですもの」と伊代ちゃんは笑顔で断った。

「思ったよりもこの辺りはのどかですね」
「でしょ?外で読書するのも気持ちいいよ」
「あ、読書はいいです!」
「だろうね……」

こんなにゆっくり過ごしたのは久しぶりかもしれない。文字も追わずに、勉強もせずに過ごすのなんてこっちじゃ全然なかったなあ。

「お兄ちゃんも誘ったんですけどダメだったんです」
「ふーん。まあ忙しいんだろうね賢二くんも」
「受験生ですものね。ギリギリまで誘ったんですけど夏期講習が始まるとかで行かないって」
「……夏期講習?」
「シズク先輩と二人で受けてるいつもの講習が、ちょうどこの週末から始まるんだそうですよ」
「賢二くん、まだ講習受けるんだ……」
「みたいですよ。みんな勉強ばっかで伊代イヤ!」

やってない伊代の方がパンクしちゃう!と伊代ちゃんが頭を抱えてる。その隣でわたしは別の意味で頭を抱えたくなった。賢二くんはただ勉強したいだけ……だよね?あー、やだ。いまとっても嫌なこと思いついてしまった。賢二くんにも水谷さんにも申し訳ない。

賢二くんが吉田くんのいないうちはせめて水谷さんの隣りにいたい、って思ってるんじゃないの、なんて。

それを賢二くんが思うのなんて自由だ。実際、半年経とうが忘れられるものなんかじゃない。そんなこと身に染みてわかってる。でも、それに対して嫌だと 嘘であってほしいと思ってしまう自分もいる。勝手に諦めないと言ったくせに、勝手に期待して裏切られたような気分になってるのがとんでもなく嫌だ。

「伊代、半年なら我慢できるけど、何年もお姉さまに中々会えなくなるのさみしくって……。ねえ、お姉さま。高校卒業しても日本にいてくれる?」
「……そうだよね、会えないのはやっぱり寂しいよね」



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