かんばい

好きって一体どういう意味なんだろう。思考を巡らせすぎてなんだか哲学の類に手を出したような気さえなる。甘いお菓子は好きだし、楽しい音楽も好きだし。家族も友達も大好き。もちろんあの人も。なんで好きって気持ちだけで終われないんだろう。

「きみ、そんなうじうじしてるからボーイフレンドのひとつもできないんだよ」
「あーそう」

鼻でもつまんで鼻声にしてやろうか。だなんて思うのは留学先のハイスクールで出会った男の子。彼もまた別な国からの留学生で、常にニコニコしているけれど言うことは辛辣だった。わたしが無駄に悩みすぎだってことは重々承知してるけど、貴方たちみたいにオープンにできないの日本人は。人種のせいにすると色々な誤解を生みかねないのはわかってる。それでも彼らに一番近い日本人はわたししかいないからわたしが日本人という人種のモデルケースなんだそう。だから、何かにつけて日本人は奥手だのなんだのと言われる。日本人だって手が早いのはパパパっと出しちゃうよ。それこそ賢二くんなんて色んな女の子連れてるよ。……手まで出してるかは知らないけど。

「それにもっといいヘアースタイルがあったと思うんだけど」

前に雑誌で見たコケシみたいだ!と大げさに肩を竦められた。コケシってよく知ってるねきみ。アメリカに渡ってきてから数週間。ふと気づいたのは髪の毛がとっても伸びていたことだった。日本と気候がちがうここアメリカじゃ、髪の手入れが満足にできてないような気がして枝毛の多いそれをいっそのこと切って捨ててしまえとクラスメイトに近場でおススメの美容室を紹介してもらい切ってもらった。理想通りにオーダーできていなくて肩口で切り揃えられた髪はわたしの小さめな身長を強調するものだったらしく、ただでさえ日本人は童顔だと言われてたのに赤ん坊扱いされている。コケシだって。うるさいな。最近、カフェテリアでひとりで勉強していると気付けばこの男の子がやってくる。

「休み時間もマジメに勉強なんて日本人は頭がカッチカチだねえ」
「だからわたしが日本人代表なんかじゃないんだから放っておいてよ」

いい加減しつこいな。そう思って、手元に広げていた本たちを閉じて荷物をまとめた。つまんなさそうに口を尖らせられるけど、邪魔されるこっちだって面白くないっての。久々にいらいらしてちょっぴり乱暴に荷物をまとめた。鞄にいれるだけいれて席を立つ。もうどっかのベンチにでも座っておこう。そう決めて、カフェテリアを後にした。座ったままの男の子をそのままにしておいて、騒がしい場から離れていく。やっと静かになれたと思ったら、ついさっきまで聞いていた声が後ろから「おーい」と声を上げていた。

「おーい。忘れ物だってば」
「……忘れ物?」
「うん。スマートフォン、きみのだろ?」

彼が手にしていたのは間違いなく自分のもので、なんだか弱みを握られたような気分になった。それでも手を出してみればすんなりと返ってくるそれに内心ほっとしながら受け取る。

「それじゃあ、せいぜい気を付けて」
「……はあ」

鼻歌を歌いながら軽快に去っていく男の子の後姿はとっても楽しそうだった。まさか何か悪戯でもしてんじゃないだろうか。けれどそんな様子はない。

「一体なんなの」

思わず日本語で呟いてしまって、廊下を歩く人たちから物珍し気な視線を浴びた。あぶないあぶない。ただでさえ日本人で目立つのに変なことはしたくない。立ち止まってたところをすぐに歩き始めた。ベンチで休もうかな、それか次の教室に先に行っちゃおう。おばあちゃんから借りた本が鞄のなかでずっしりと重たく感じて、まだまだ先は長いんだなと感じる。何もかも始まったばかりだ。無性に日本の誰かの声を聞きたくなったけど、向こうは夜中だし、今はやめておこう。夏目さんとかなら喜んで起きてくれるかもしれないけど、ひとまず我慢だ。









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