かんばれ

クリスマスはもちろん、年末が近づくにつれて冬は深まっていくのにちらりとも雪は降ったりなんかしてくれない。気持ち的には雪が降ってる中にいるようなセンチメンタルな気分なのになあ、なんてね。

「あれだけわんわん泣いてたのに今じゃすっかり冷めきってますね吉川さん。」
「そんなことないよ、見てよすっかり落ち込んでる。」
「そんなことありますよ!せっかく友人のわたしが遊びに来たっていうのに一人で英語の本読んでるんですもん〜!」
「そもそも勉強時間に来るのがいけないね。」
「なんでそんな割り切れるんですかっ!」

別に割り切れてるわけじゃない。ただ、やらなきゃいけないことが目の前に多すぎてずっと感傷に浸っているわけにはいかないんだ。半年とはいえアメリカで生活するだけの荷造りはそれなりにあるし、向こうの授業についていけないと困るから英語の勉強だってたくさんしたいの。それを目の前であぐらかいて座ってる夏目さんに一息に言うと、ぷりぷり拗ねてわたしのベッドにダイブした。

「うわああん勉強と好きな人と友人どれが大事なんですかあああ」
「ぜんぶ」
「全部って言うならちょっとは夏目も構ってくださいよ〜」
「じゃあ、そのまま目線をこっちに、はいチーズ。」

ベッドの上でごろごろ転がる夏目さんにスマホを向けると、なかなか芸術的なポーズを披露してくれた。これタイツ履いてなかったらなかなか際どいなあ。でも、まあいっか。

「送っとこ。」
「誰にですか?!」
「賢二くん。」
「なぜですか?!?!」

意味が分からないっ!と夏目さんはベッドの上に立って仁王立ちした。スカートがめくれて、さっきの写メよりも面白いことになってる。もう一度撮ろうとスマホを構えたら、クッションを投げつけられた。あぶないんだけど!

「確かに、悪い結果だけじゃなかったっては聞きましたけど、何だか前より親密度上がってませんか!なんか思ってたのと違う!」
「別に上がってないよ。昔に戻っただけだよ。」
「そんな、戻ろうって言われてすんなり戻れるんですか!夏目には無理です!だって、思い出すし、そんなすぐ普通に、うわあああん」

そういえば、夏目さんのそういう話をちゃんと聞いたことなかった気がする。夏目さんに向かっている矢印は学校生活で色んなところで見えたけど、逆ってあったかなあ。呼んでいた本を閉じてたずねてみた。だけど、首を左右に振るだけで答えらしい答えは返ってこない。話したくないのか、仕舞っておきたいことなのかどっちだろう。少なくとも、信用されてないわけじゃないから、単純に夏目さんの気持ち次第なんだとは思うけど。

「夏目さん、」
「何ですか。」
「元に戻ったと思ってたって、やっぱり互いにどこか違うし、戻り切れてないところはあると思うんだ。第一、あれ以降面と向かって会ってないし、ちょこっとずつ前に戻ろうとしてるだけで、もしかしたら前よりも上っ面だけになってるかもしれない。」
「上っ面って言っても仲良くやってるじゃないですか。」
「そうなんだけどさあ。逆に、その仲の良さから先に行けないじゃん。あきらめないでいることを否定はされなかったけど、隣りに置きたくないって言われたらね…。」
「吉川さんはヤマケンくんのこと優しいって言いますけど、夏目はそう思いませんよ。実際やさしいフリして、はっきりさせてくれてないじゃないですか!」
「だけどね、隣りじゃなくてもこうして連絡とってくれるだけでも嬉しいもん。」
「そんなこと言ってたら、来年には年賀状だけのやりとりでも嬉しいって言ってそうで怖いんですが…!」
「はは、さすがにその頃まで賢二くんを引きずってたら重たすぎるでしょ。今はまだ、忘れられないけどね、ちゃんと折り合い付けて整理しようとは思ってるよ。だから、すこしだけ放置しちゃおうってやつだよ。」
「考えることを放棄って…そんなことしてたら、アメリカでまた変なときに思い出して悲しくなって泣いちゃうんですからね!」
「そん時は夏目さんに電話でもするよ。」
「…ほんとに?」
「うん。するする。むしろ、悲しくなくてもするよ。そーだなあ、水谷さんはきっと携帯の電源を切ってるだろうからカードでも送ろうかな。ササヤンくんとかも電話したら楽しそう。」
「じゃあ!わたしには最初に連絡してくれるんですか!」
「そうしないと寂しがっちゃう人が目の前にいるからね。」
「だって、大切なお友だちですもん。寂しくなって当たり前ですっ。」

最初に連絡すると約束したら、夏目さんはとってもわかりやすくにやにや笑ってる。嬉しいんだろうな。そんなに喜んでもらえてこちらとしても嬉しいよ。伊代ちゃんよりも先に連絡もらえることで優越感に浸っているらしいけど、そもそも伊代ちゃんはきっと春休みとかにアメリカへ来ちゃうだろうから、きっとそこまで連絡は欲しがらないはず。普段から用が無ければ連絡を取り合っているわけでもないしね。友人という括りの外にいる伊代ちゃんは、どちらかというと家族に近い。幼馴染だからかな。でも、賢二くんは友人でもなければ家族のようでもない。兄妹って感じでもない。やっぱり幼馴染って不思議だ。離れていた期間のせいで、さらに曖昧な括りになってしまってる。それに失恋の相手っていう形も組み込まれるのだからさらにさらに厄介だ。

「何か難しいこと考えてますか?」
「や、なんて言うのかなあ。微妙に近い距離にいるっていうのも厄介なもんだと思ってさ。」
「でもすぐにアメリカ行っちゃうじゃないですか。」
「まあ、そうなんだけど。」

やっぱり今考えても何にもなんないんだよね。振動したスマホの画面を見ても、送られてきたのはメルマガひとつ。何でも連絡寄越せって賢二くんは言ったけど、見栄張っただけでほんとは迷惑だったりするのかなあ。やっぱり、気分は落ち込んでるらしい。全部悪い方に考えちゃう。今は夏目さんもいるし、スマホはしまっておこう。スマホをサイレントモードに切り替えて、英語の本と一緒に机の端っこにぽいっと投げておくことにした。



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