つゆこる

「実際さー彼女はクリスマスまでには欲しい!とか思っちゃったりするわけよ」
「それクリスマスに限らねーけどな!」
「…」
「ヤマケンはいーよなあ、オレらには見向きもしてくれない子たちが寄ってたかってそっち行くんだしよー」
「そいつらの見る目あるってだけの話だろ」
「いやね、そうは言ってもお兄さん!体はひとつだから!色んな子のためにあくせく走ってお相手するのも辛いと思いません?」
「そーそー!クリスマスに何人もの女の子からお誘いがあっても、一日二日じゃ相手しきれねーよ。だからさ、ここはちょいっと!オレらに一人ずつ宛がうだけでさ、三人もの女の子の分の負担が軽減されるってわけ!」

名案じゃねー!とケラケラ笑う三馬鹿は見ないふり。オレが女のために走る?するわけないね。だって向こうから来るんだから。ファストフード店のテーブルに片肘ついて、ノートに写した英文をひたすらに訳していく。

「っつーか伊代はなんで来ないわけ?最近呼んでも呼んでも来ねーの。ヤマケンおまえ妹に何か吹き込んでんじゃねーだろうな」
「あいつとは血は繋がってない」
「血とかやめろよまた目覚めんぞあいつ!」
「それはそれで面白かったけどなー」
「お前らといいあいつといい物好きなもんだな」

伊代の中二病を楽しんでいられる心境がオレにはわからないね。そう思って何気なく呟けば、さっきまで騒いでいた三人がそろいもそろって驚いた表情をぶらさげて固まっていた。

「あいつってダレ?女?女なのかヤマケン!」
「伊代のこと知ってる女だろー?ガリ勉?」
「いやでも、ガリ勉のこと『あいつ』って言わねーじゃん。いつでも水谷サンって呼ぶじゃん。ほら、ジョージも頷いてる」
「…」
やっちまった。そう認識する前に、マーボたちは誰?ダレ?と口々にたずねてきた。うるせーよ、余計なとこだけ頭回りやがって!なんでんなとこだけ気付くんだよ。思わず、ノートの端をくしゃっと握りしめてしまい、跡がのこった。くそ、皺だらけじゃねーか。

「あいつはあいつだよ。それ以外でもなんでもない」
「いや、それがわかんねーんだって。なあ?」

頭を傾げて一人ひとり女の名前を挙げてく三人は放っておいて、残りのジュースを飲みほした。氷で薄まった炭酸飲料の情けない味が咥内に広がって、この前の出来事がぼんやりと蘇ってきた。フラれたことは紛れもない事実で、無かったことにするつもりはない。ただ、忘れるにはまだ難しい時期なのは確かで、思い起こすのはあのもっさい二つしばりの後姿。なんで二つしばりなんだ、いつもおろしていた方がいいのに。そんなことをまだ考えてしまう。でもそれと同じくらい考えてしまうことがある。最後に会った時のあいつの泣いてるような横顔が未だにこびりついて離れなかった。泣いていたかの確信はないし、原因も定かじゃない。ただのオレの自惚れかもしれない。だけど、泣かれたら困るんだよ。ど
うしていいかわかんなくなるだろうが。





『うわああん』
『泣くなよ!』
『わあああん!!』
『どこ?いたい?』
『ううっ、ぐすっ…ころんだの、ぐす、ひざ…、』
『バンソーコーもらってくるからここいて』
『やだー!ひとりやだあ!けんじくん行かないでー!』
『すぐもどるよ!やくそく!』
『ぐすん…、やくそく?』
『お医者さんはウソつかないからな』
『ほんと?』
『うん。とーさんウソつかねーもん。おれも医者になるから、ウソつかない!だから、いい子にしてんだぞ』
『…うん。いい子だもん、待ってる』
『おー、待ってろ紗希乃』



まだ騒ぎ続けてる三馬鹿はそのまま放っておいて、店内にあるダストボックスにジュースの入っていた紙コップを投げ捨てた。テーブルに広げていた勉強道具をまとめて鞄に仕舞い、コートを手に取った。付き合いわりーぞ、だの何だのと言われたが聞こえないね。お前らに付き合ったら付き合ったで、さっきの話を掘り下げようとしてくんだろ。その手には乗らねーよ。うるさい声は聞き流すことにして、店を後にした。


「(そういえば最近は名前で呼んでねーな…)」


再会したのだって今年の夏だから、名前を呼ぶ機会なんてそんなになかった。…はず。何となく心残りはあるけど、それもまあ…きっと気のせいだ。そうそう。さっさとタクシー呼んで帰ろう。あの泣き顔も全部、全部気のせいなんだ。

prev next



- ナノ -