819!!の日(2018)



試合は持ち越し

「ねーいいじゃんー」
よくない。
「俺らと遊ぼうよー」
遊ばない!

ものすっごいわかりやすく苛立っていることを顔に貼りつけてみても、相手の男たちにはこれっぽっちも響いてない。無視しながら熱い熱い砂浜をビーチサンダルで歩く。大学の友人たちと来た海で、こんなにわかりやすくナンパをされることになろうとは思ってもみなかった。更衣室に忘れ物したわたしが悪いんだけどさ。

「ねーホントに遊ばないんスかぁ?」
「遊ばないって言ってるでしょ!」
「へー?めっちゃくちゃ強気っスね、吉川さん?」
「……黒尾?」
「ええ、ハイ。ボクの苗字は黒尾ですが何か?なんちゃってー」
「じゃなくって!びっくりした!こんなとこで会うなんて」
「それはこっちの台詞ですよ。やたらとナンパを強気でブンブン振り回してる人いんなーって思ったら知ってる顔だし」
「そんな強気じゃないよ」
「へー、どこが?下手すりゃ無理やり引っ張られて手出されてもおかしくなかったっスよ。アレじゃーね」
「なよなよしててそんなことできなさそうな人たちだったじゃん」
「あっちのが人数多いんだからそんなの言いわけになりまっせーん」

うすっぺらい身体をしていた男たちはいつの間にか姿を消していて、ふらりと目の前に現れたのは昔の後輩だった。高校時代に男バレのマネージャーをやってた頃の後輩。卒業してからは全然会っていなくって本当に久しぶりに会った。けれども久しぶりな感覚もあんまりなくて普通にすらすら会話が成り立ってる。

「いやー、にしてもマジで久しぶりですね。今日は?……彼氏とでも来てんですかねえ」
「なんでそこで凄むのよ。残念ながら彼氏ではなく大学の友人グループで来てまーす。黒尾は?」
「いやいや彼氏とだったら彼女ほっといて何してんだろーなと思っただけです。俺も大学のバレー部仲間とですよ」
「そっか。大学でもバレーしてるんだ黒尾は」
「まあみんな大体ね。つーか、吉川さん全然OB会に顔出さねーから本気で消息不明だったんですけどォ」
「だって私の代よりも上の人くるでしょ?面倒くさくってさ」
「同じ代の飲みにも来てないってネタ上がってますけどそれについて弁明ドーゾ」
「……わたしだけバレー関わらなくなっちゃったからちょこっと気まずかったりしてるだけでーす」
「は?」
「急に真顔やめて」
「えーじゃあ、あれっすか、あの時勝手に帰ったのもそれが理由なワケ?」
「あの時?」
「俺の最後の春高の試合の時」
「……あー…」
「その、あー、は何?俺めっちゃくちゃ落ち込んだんですけどあん時」
「……そうなの?」
「そーですよ!待っててくださいってちゃんとしっかり伝えたはずなのにいなくなられて、かなり傷心した鉄朗くんはバレーボールにも心を閉ざし、ゆくゆくは……!」
「ねえ、どこまで本当かわかんないんだけど」

ていうかさっき、ふつうにバレー部仲間って言ってでしょ!と指摘してみれば、ゲラゲラとお腹を抱えて笑い出す。アンタね……!とさらに文句言ってやろうと思ってやめた。コイツはこういうやつだったわ、うん。

「プッ……その顔、全然変わんねー……」
「はい〜?」
「いやいや、こっちの話デース。吉川さん、電話番号変えた?」
「番号は変わってないよ」
「りょーかい。……あの手ふってる人たち友達ですかね」
「そうそう〜。送ってくれてありがとね、黒尾」
「イエ。お礼してくれてもいいんですよ〜」
「お、お礼……?!」
「ナンパ追い払って、送って。だいぶ良い男よけになったと思うんデスケド」
「たしかにね。どうしよっか、何かおごろうか」
「んー。それよりお願いしたいことが」
「なに?」

ごつごつした大きな手に手首を掴まれて、引き寄せられる。踏みとどまろうとしても砂浜に足をとられてうまく踏みとどまれやしなかった。いとも簡単に黒尾の分厚い胸に飛び込んでいて、驚きのあまり目の前がチカチカはじける。

「まー再会が水着ってのもなかなか刺激的でいいけど、今度はちゃんと服着て会いましょーってことで」

ね?とニタリ。

「嫌われてたんじゃなかったんなら、これから頑張るんで覚悟しといてください」

どういうことかなんて嫌でもわかりきっていて、真夏の熱に浮かされたわたしは結局流されてしまうんだろうなあ、とどこか他人事のようにぼけっとするしかないのだった。






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