春べを手折れば

またきみのせいにしてる

「余計なお世話だってのはわかっちゃいるが、あの不器用な奴らを前にしたらどうにも」
「後悔するならつつくんじゃない」
「いや?それが後悔はさっぱりしてないね」

規則正しい音が滞ることなく続いていく。真っ白なベッドに横たわっている姿を目にするのは年末に訪れた例の部屋のなか以来のことだった。迅はよく吉川の見舞いに来ているそうなのに、毎日足を運んでいる俺はすれ違いもしなければ周囲の誰も迅に会っていないという。別な部屋に入院している三雲の親族の方が迅に会ってるくらいだ。

「後悔はしなくても反省はしろ」
「風間さんだって思うだろ。他の誰かにとって大事なものよりも自分の大事なものを優先させる時があった良いってさ」
「……全員がそれを実行できるかといえばできない奴もいるだろう」
「まー、今は擦り合わせてるってところかねぇ。さっきまでここいたみたいだし」

ベッド脇に置いてある丸椅子の座面に軽く触れた太刀川はニヤリと笑う。「座面がまだあったけー」と言う様は悪だくみが成功した時のようだった。全てを良い方向に進めようとするのなら、誰かの前に現れて飄々とした姿を見せてやればいい。落ち込んでいる姿を見せてしまえば心配されてしまうから、そうならないように取り繕うわけだ。もしかするとこれまでの迅ならしていたかもしれない。本当の心に蓋をして、何でもないように振る舞おうとする。本部の人間が迅の姿を見てないとなると今はどうやらそうじゃない。それはそれで心配なのは変わらないが。

「……これ以上つつくんじゃないぞ」
「流石にこれ以上手出しはできないぜ風間さん」

*

すぐ傍にいることが当たり前だと思ってた。似た者同士だとよく互いに言っていて、サイドエフェクトによる"おれがやらなければならないこと"にもお互い理解があると思っていた。まあそれも、見て見ぬふりして物分かりが良いだけのただの逃げだったわけだ。

「あたりまえじゃなかったんだよな」

紗希乃のことが大事だってことは馬鹿馬鹿しいくらいわかっている。大事だから無闇に手を伸ばしたくなかった。関係性を壊すような危ない距離に踏み込まないように安全な距離から手を差し出すことしかしてこなかった。……あぁ、そうだよわかってる。そんなのって横から誰にでも何にでも掻っ攫われていってもしょうがないよな。だって、身を乗り出して守っていない。絶対に離さないと掴んですらいない。自分の中にある何らかのタガが外れるのが怖くって、ただただ手を差し伸べるだけだった。

紗希乃の未来が視えなくなったあの日から、知らない所で事故にでもあってやしないだろうか、何かよくないことがおきたりしていないだろうかと誰かの未来を視ている最中に不安がよぎった。紗希乃を失いたくないとできることを片っ端から試してみればボーダーの未来に関係が出てくるだろうっていう予測が立った。……つまりはさ、おれは紗希乃を先に選んだはずだったのにいつしかボーダーの未来の方にばかり気を取られていたわけだ。最初に選んだって最後に忘れてたらどうしようもない。

「ごめん、紗希乃」

ゆるさなくていいよ。怒っていいよ。中途半端に手を差し伸べて、ほったらかした最低な奴だって言ってくれていい。だけどさ、やっぱり紗希乃を手放せない。お前がいないと気が晴れない。お前がいないだけでこんなにもダメになってる。ただ眠ってるだけじゃ嫌なんだ。

ベッドに横たわる紗希乃はおれの思ってることなんか知らんふりして眠っている。いつまで眠ってるつもりだよ。頼むから起きて、また名前を呼んで。もうおれのことを悠一って呼ぶ人なんて紗希乃くらいしかいないんだから。

またきみのせいにしてる


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